※事後の様な事前の様な




肌を汗が伝う感触は、何時だって気持ちの悪いものだ。誰とも知らない人間に指先で背筋をなぞられる様な、悪寒にも似た空寒さが体の内側をすっと走る。耐えかねて、ぐいと首筋の汗を手で拭った。脱色で痛んだ髪の毛先が、手の平と首筋の肌の間で縒れ擦れてざり、と微かな音を立てた。
部屋には照明の一つも灯っていない。夜闇に融けて黒々とした部屋に響くのは、空調機器の小さなモーター音と、俺と蟲が吐く荒い息遣い位のものだった。しかし肺は次第に落ち着いていき、小さな機械音でさえタイマーが切れたのか沈黙した。後には只、静寂が横たわるのみである。手持無沙汰になるのが嫌で、ソファの下の床に散らばった衣類の中から自分の下着とスラックスを見付け穿いた。大腿に滲む汗が布地を吸い付け、肌をちくりと繊維が刺す。流石に上のシャツやベストまで身に付ける気にはなれなかった。

「……テレビ、点けて。」
「あ?」
「今、何時か、見たい。」

背後で掠れた声がした。声を出し辛そうに、ぶつ切りで言葉を発している。何時もの良く回る口はどうしたと揶揄してやれば、死ねと返された。手前が死ね。
落ちていたカッターシャツの胸ポケットからライターと煙草を取り出しつつ、転がっていたリモコンを拾い上げテレビを点けた。暗闇に慣れ切った目に突如飛び込む光は目に厳しく、ついと瞼を下ろし掛けたが、未だソファに身を横たえたままの臨也が同じ様な仕草をしている事に気付いて死にたくなった。

「1時、丁度、かー……。」
「今終電行った。」
「……は?じゃあ今夜泊まるつもり?」

返事を返す事無く、持っていたリモコンを臨也の腹の上に落とした。直後小さく息を詰める音が聞こえてせせら笑う。テレビ画面の光を受けて、青白く染まる臨也の顔が物言わず憤慨を表していった。帰れよ、という呟きを鼓膜が受け取ったが、それを無視してテレビと臨也に背を向ける。それでも変わらず注がれているらしい、恨みがましく刺す様な視線は背骨で感じ取っている。せいぜい不快になれば良い。そんな事を思いながら、手の中の小さなライターで煙草に火を点けた。口を付ければ、煙草と血の味が口の中で混ざり合い、何とも言えない味がする。不味いは不味いのだが、正直に言えばもう慣れた。臨也とヤった後の煙草は、何時だってこの味がするのだから仕方無い。

「……そんな不味そうな顔すんなら吸わなきゃ良いのに。」
「……誰のせいだと思ってんだよ。」
「さあ、知らない。」

そして、この変な煙草の味と同じく、臨也とヤる時に何時も感じているものがある。上手くそれと言い表せない、妙としか言えない興奮を。即物的な快感とは違う、けれども何が違うのかもよく分からない熱を、感じるのだ。
アイツが俺の髪を掴んで引き寄せるから、俺もアイツの首を掴んで押さえ付ける。アイツが俺の舌を噛んでくるから、俺もアイツの唇を噛み切る。アイツがむやみに俺の背中に爪を立ててくるから、俺もアイツの首筋に歯を立てる。アイツが指を俺の指に絡ませるから、俺も絡め返してやる。それだけのその間にも、頭は狂ったように熱く滾る。
行為が終われば、口の中は血の味しかしない。肌はべとついている。鼻につく臭いは何時までも慣れない。頭の奥を揺るがす熱の残り滓も不快だ。全てが全て嫌悪すべきものでしかない。それでも、何時も飄々と人を食った様な笑みを見せ付ける臨也が、余裕無く眉を顰めながら口を開けて息を吸う無様な一瞬に、死ぬ程興奮する自分が居るのも事実だった。――俺は狂っているのかもしれない。ぼんやりと煙草の煙がなびいていく様を目で追いながら考える。

「あー……朝まで暇だからもう1回位ヤっとく……?」
「気色悪ぃ事言うな。」
「……って言ってて、シズちゃんが2回目しなかった事、無いよねえ。」

シズちゃんも、気色悪い。ニタリと笑みを貼り付ける臨也の顔は、未だ青白く発光している。俺を嘲る様に明滅を繰り返している。
やはり俺は狂っているのかもしれない。コイツも狂っているのかもしれない。けれどそもそも、俺とコイツの間に「正常」なんてお綺麗なものが今まであったか。分かり切った答えしか出ない問いに、俺は笑いを噛み殺した。



情欲インターバル



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