企画提出品。臨也信者帝人




臨也さん、臨也さん。――臨也さん。僕がそうして名前を呼べば、音も無く貴方は振り返る。貴方の黒い髪の毛先が揺れ、貴方の白く長い首が少しだけ傾げられて、貴方の赤黒く禍々しい眼がゆるりと細められる。三日月の様に細くしなった唇が少しだけ動き、僕の名前を綺麗に歪んだ声で呼ぶ。

「何、帝人君。」
「あ……、いえ……。」
「構って欲しくなったのかな。でも俺は今気分じゃあないから嫌だよ。」
「はい……。」

そう、良い子だねえ。にこり。何処までも偽物の様な笑顔を残して、臨也さんは再び僕に背を向けた。僕の目に今映るのは、貴方の存外に広い黒衣の背中と、揺れる黒髪の毛先だけ。臨也さん。貴方の赤黒く禍々しい眼は今何処を見ているのでしょうか。臨也さん。僕には分かりません。貴方のその黒髪と皮膚と頭蓋に覆われた脳は神経は、何を見て何を感じ取って、そして何を思っているのでしょうか。僕には分かりません。けれど、分かろうという気もありません。だって、臨也さんは臨也さんでしか無くて、そして臨也さんが感じた事は、臨也さんを通してでしか、臨也さん足り得ないのですから。
臨也さんは何処までも美しい人だ。そう、どう言えば良いのか――この世の人では無いみたいに僕には見えるのだ。それは、見た目がどうこうという問題では無くて、言葉のまま、だ。臨也さんは、僕らと違う世界に生きている人の様に、常に僕には見えていた。臨也さんの纏う黒も白も赤も何もかもは、決して外の世界と混じり合おうとはしなかった。外の世界を臨也さんが拒絶しているのか、臨也さんを外の世界が敬遠しているのかは、僕には分からない。けれども、臨也さんという存在はまるで、他の次元から来て無理矢理この世界に収められている様に見えるのだ。まるでコラージュ写真だ。臨也さんだけがこの世界から剥離し、この現実から遊離し、この僕から乖離している。極彩色に塗れる視界の中で、臨也さんを構成するほぼモノクロの色彩だけが浮き立って見える――とても美しいと、僕は思う。

「――ねえ、帝人君はさあ。」
「はい。」
「とても愚かだと思うよ、俺は。」
「……はい……。」
「ああ、そんな泣きそうな声出さないでくれる?泣かせたい訳じゃあ無いんだよ。……まあ、泣いたって構わないけど。……そう、君は愚かだ。けれど俺は思うんだよ。愚かな子程、可愛いし、手をかけて甘やかしてやりたくなる。その反対に、何処までも愚鈍に沈んで行く様も見てみたくなるんだよ。――ねえ、君はどっちが良い。どうされたい。」

再び僕を振り返り見た色彩の何て美しい事だろう。その黒髪が、白肌が、赤目が僕を見据えるそれだけで、僕は幾許か満たされるというのだから、やはり臨也さんの言う通り僕は愚かなのだろう。沈黙する僕へと血の通っていない様な白い腕が伸ばされ、白い指が僕の頬に触れ、白い爪先が僕の唇についと触れた。この世のものでは無い様な、得体の知れない青白い「何か」が僕の肌に触れている。それでも――臨也さん。僕はやっぱり貴方のその腕に包まれ飲み込まれてしまう事を望んでいるし、貴方と同じ色をした僕の髪の毛の先から、徐々に貴方に同化していく事を望んでいるのです。臨也さん。僕は決して、貴方の欠落を欠陥を欠点を、僕で埋められるとは思っていません。貴方をこの世界に繋ぎとめるものになれるとも思っていません。僕はそんな事が出来る程大層な人間ではありませんし、それ以前に、貴方にはその欠けた部分が無くては、貴方では無くなってしまうのですから。

「僕は、どっちでも良いです。どうされても構いません。……だってそれじゃあ、どっちにしろ、臨也さんに駄目にされてしまうという事でしょうから。終わりが同じなら、過程にこだわる気は無いです。」
「ふうん、面白いねえ。そんな事言ってると、今に本当に俺に駄目にされちゃうよ。」

臨也さん、臨也さん。僕は貴方の言う通り愚かな人間です。利己的な人間です。僕は詰まる所、貴方と一つになってしまいたいのです。けれど、僕は貴方になってしまいたい訳ではないのです。僕は、僕という存在よりも圧倒的に大きな、貴方という存在の中に只の一要素として吸収されてしまいたいのです。貴方によって僕が構成されてしまいたい、のです。けれどそれは僕の生きる世界では不可能な事で、ただの夢や妄想の類にしかならないとは分かっています。ですが、臨也さん。僕はやっぱり、愚かな人間です。貴方の網膜が僕を映す度に、貴方の指が僕の頬を捉える度に、貴方の声が僕の鼓膜を震わす度に、貴方の唇が僕の唇に触れる度に、貴方の――貴方の存在が僕の存在を揺るがす度に、何時かは、臨也さんを臨也さん足り得させる為の何かになってしまえるのではないかという夢を、見てしまうのですから。

「それは、――本望です。」



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