※果てしなく臨♀静♀の様な、来神時代静♀臨♀の百合です。苦手な方は御注意下さい
相変わらず嫌悪愛してます。全く百合らしくない
※静♀の対臨♀二人称は「御前」




夜明け前の空気は青い。何処までも透明で、何処までも深い色をしている。
寝起きの眼に飛び込んで来るのは何時も青だった。カーテンの隙間から見える窓の外の空も部屋の中の壁も身体を取り巻く空気も私の肌も、何もかも青く見えた。それはまるで大きな水槽の中に閉じ込められている魚になってしまった様で、私は陰鬱になる。私は世界と隔絶されているのね、なんていう安っぽい陳腐な感傷が、私の内に滲んでいく。
――ぼんやりとしていた聴覚が段々と普段の鋭敏さを取り戻す頃、私は窓硝子を叩く音に気付いた。ぽつぽつと、不規則な拍を刻むのはきっと雨粒に違いなかった。――ああ、嫌だ。雨はあまり好きではないのに。意識した途端に、空気が湿っぽく感じられて気持ち悪くなった。これじゃあ本当に水槽の中に居るみたいじゃない。最悪。最低。
雨音から逃げる様に、窓に背を向けた。ベッドから降りて、寝室を出て、足早にリビングへ向かう。水。水が飲みたい。不快感を飲み下してしまいたい。早く流し去ってしまいたい。リビング用の小さな冷蔵庫からペットボトルを取り出そうと身を屈めた時、ちらりと見えた長い金髪に頭痛が起きた。

「あー……居たんだっけ。」
「……御前、足音五月蠅い。」

何か噛みあわない会話は何時もの事なのでもう気にもしない。けれど、ソファに我が物顔で横になったまま、鋭い視線を向けて来るのは止めて。そのソファは私のお気に入りだ。アンタのものじゃない。

「……そうだ、昨日来たんだった。忘れてた。ていうか忘れてたかった。」
「御前が勝手に思い出したんだろ。……おい、御前の声高くて五月蠅い。頭に響く。寝起きなんだから静かにしてろ。」
「二日酔いの女みたいな事言わないでくれる?私の声が嫌なら出てけ。」

私の物ではない舌打ちが背後から聞こえた。良い気味だ。自分でも口角が上がり気味になっている事を理解しながら、私は改めて冷蔵庫から冷たいペットボトルを取り出した。パキリと小気味良い音を立ててキャップが外れ、中身が音も立てずに揺らぐ。一口分だけ喉を通せば、少しだけ心が凪いだ。
振り返れば、未だシズちゃんはソファで横になっていた。片腕で目元を覆い隠しているのは、寝起きの倦怠感から来る仕草なのか、それとも私を視界に入れたくないが為の行動なのか。――多分後者だ。空気が語っている。まあ、どうだって良いけど。
シズちゃんは偶にこうして私の家に来る。平日も休日も構わず、何の前触れも無く私の家に強盗よろしく押し入って、そのままリビングを占拠して寝る。もう彼女が家に来るのは何度目だろう。もう随分と前、五回を過ぎた所で数えるのを止めたから、覚えていない。――とはいえ、シズちゃんがこうして来たからといって、私達が一つのベッドで眠った事は一度たりと無かった。そんな気色悪い事、これから先も願い下げだけれど。

「……ていうか……制服のままで寝るとか馬鹿なの?皺だらけじゃん。」
「……別に良い。」
「あ、そ。」
「……雨、降ってんのか。」
「まーね。」

彼女の目の上に乗せられていた片腕がずらされる。衣服は酷く縒れている癖に、少し覗いた目元のアイラインは少しも崩れていない事が少しだけ腹立たしい。窓の外を見遣る瞳の、色素の薄い虹彩は、やがて白い瞼の下に消えて、代わりに唇から赤い舌が覗いた。

「……この時間に起きると、部屋が青っぽく見えるな。水の中みたいに。小さい頃行った、水族館を思い出す。暗い中で水槽が青く光ってた。」

瞼の裏に何を浮かべているのか、私には分からない。誰を、どんな風景を思っているのか、分からない。けれど、シズちゃんのその言葉は私という存在の内側の更に奥底の、自分でも見た事がない知らない部分を抉った。言い様の無い焦燥感と雨音に責められて、私の足と手が動く。シズちゃんの横たわるソファにそしてシズちゃんの腹に乗り上げて、その脈打ち微かに上下する胸元にボトルの中の水をぶちまけた。驚きに、再び薄い色彩が瞼を押し上げて現れたのを目にして、私は笑った。肩を震わせて笑った。キャミソールの紐が片方ずり落ちた。構わない。

「っ、おい!何すんだよ、冷たい!」
「どうせ制服皺々で仕様が無いんだからさあ、それじゃ学校行けないでしょ。だからもう濡れたって変わんないよ。今日のシズちゃんは私と学校サボり。決定。」
「意味、分かんねえ。何考えてんだ、御前。」
「強いて言うなら狂ってる。……ねえ、シズちゃん、水族館ごっこでもしようよ。」

此処は水槽なんだよ。ねえ、知ってた?世界から隔絶された青い水槽なの。薄く笑いながら囁いて、手を伸ばして頬を撫でてやれば、憐れむ様な目をしたシズちゃんに引き寄せられた。身体と身体が合わさる。気色悪いね。それに気持悪い。
シズちゃんの上に落ちていた水の群れが私の衣服にも侵入する。冷たい。ああ、でも此処は水槽だから仕方無い。
そう、此処は水槽。私達は魚。けれど足を得た人魚は、かつての様に巧くは泳げない。只管に無様に沈んでいくしかないと、私達は何時気付くのだろう。



アクアリウム、葬送



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