※モブ♀→静(→←臨)
静雄夢的要素強め




貴方が好き。
私は何処かの、烏みたいに真っ黒な誰かさんみたく、言葉を沢山知っている訳ではないし、言葉を巧く操れる訳ではないの。だから、私は貴方にこれだけしか言えない。味も素っ気も無くてごめんなさい。こんな言葉じゃ、私の気持ちの一割も伝わらないわね。でも貴方は、誰かがばらばらに散らばらせてしまった心を拾い集めるのがとても巧い人だから、きっとプラス五割位は分かってくれていると思う。――情けない。私の方が貴方より年上なのに、自分の気持ちを伝える事すら、貴方に任せてしまっているなんて。
――でも本当はね、そう、私、全然大人っぽくなんか無いのよ。貴方の前でそう振る舞っているだけ。貴方の前では、そうありたいと私が願っているだけ。本当の私は、ただの子供。泣き虫で、癇癪持ちで、不相応に夢見がちな、ただの子供なの。本当よ?だってまず、色々な事を一度に考える事が出来ないの。何時だって貴方の事ばかり考えてしまうから。それに、自分に都合の良い世界を望んでいるの。貴方の隣に居る事が出来るのは、世界で只一人、私だけだって。何処にだって、私と一緒じゃなきゃ厭よって。ね、子供でしょう。でもね、これだけは誇れる所なのだけれど、子供は、周りくどい事は言わないの。自分で言っていて可笑しいけれど。――だから、この言葉は嘘じゃない。心からの気持ちよ。ちゃんと聞いていて。
――貴方が好き。


「――静雄、また傷が出来てる。」
「あー……。」
「また喧嘩したのね。」
「……すんません。」
「謝らないで。……どうせ静雄が吹っかけに行った訳じゃ無いんでしょう。静雄が、本当は暴力が嫌いな事、私ちゃんと知ってるから。」
「……すんません。」

貴方は笑うのが少しだけ下手な人。何時だって、人を傷付けないように気を遣いながら、眉を下げて、困ったように笑うの。貴方は、本当は誰よりも優しい人なのだと、その笑顔を見る度に思う。貴方は、人が近付こうとすれば、鋭い目付きで威嚇して、触れようとすれば、その脱色して痛んだ髪の毛の様にざらついた罵声で拒絶する。だから、本当は貴方が優しい人なのだと気付く人はとても少ない。でもそれは、悪意を以て寄って来た人に対してだけ。本当はとても優しくて穏やかで、そして脆くて弱い人だと、少なくとも私は知っている。

「手当てしてあげる。今日、ちゃんと救急セット持ってきたの。」
「……いつもすんません。」
「もう、だから謝らないで。代わりに言う事、あるでしょう?」
「あ……、ありがとうございます。」
「うん。」

貴方がそうして、貴方の事を何も知らない、知ろうとしない世界から傷付けられている事を思うと、私は声を上げて泣き出したくなる。「酷い」「どうして」「辛い」って。世界は貴方に対して残酷だ。本当に、嘆きたくなる、恨みたくなる。
でも、それ以上に恨みの対象となるのは、私自身。こんなに近くに居ても、貴方の力に少しもなる事が出来ない私自身が、一番憎らしいの、情けないの。
けれど、私なんかよりずっと苦しい思いを抱えている貴方が涙を落とさないのに、私が泣く訳にはいかないから、私は喉を押さえて嗚咽を飲み下す。
貴方は脆い人だけれど、すっと通った一本の気高い芯を、その心の奥深くに携えている。貴方は淋しくて弱いけれど、温かで強い人。だから、そんな高潔な貴方に釣り合う為にも、私も涙は落とさない。代わりに貴方の痛みに手を添えて、少しでも楽になるようにと只願うの。
けれど、私はやっぱり我儘で狡猾な子供だから。こうして、貴方を私だけが理解出来ている――なんて錯覚を、心地良く思う時だってあるの。こんな最低な事を考えてしまう私を知ったら、きっと貴方は軽蔑するでしょうね。失望するでしょうね。貴方の幸せより、私の幸せを優先しているのだもの。
やっぱり、私は貴方に釣り合わない。でも、貴方が好きだから、貴方を手放したくなくて、大人の振りをしながら子供の目で貴方を見つめているの。――だけど、ね。

「あ、」
「……どうしたの?」
「すんません、先輩。先に帰ってて下さい。手当てありがとうございました。」
「え、」
「本当にすんません、俺、ちょっと……。」
「んー?『ちょっと』……何なの?シズちゃん」

キイ、というか細い金属音と共に、今まで二人きりだった屋上に、もう一つ影が現れた。扉から入って来たその人が誰なのかなんて、見なくても分かってしまうのが嫌だった。彼は、私の夢の世界を終わらせる人。私の前に、現実を叩き付ける人。とても綺麗な顔をしていて、とても美しい声をしていて、それから、「烏みたいに真っ黒」な人。

「五月蠅えよ……手前は口開くな。黙ってろ。」
「何でシズちゃんに俺の口の開閉まで指図されないといけない訳。」
「一々ちゃちな文句付けんじゃねえ!……殺す!」

ねえ、私、貴方が好きよ。私は静雄の何もかもが好き。その厳しい瞳も、長い睫毛も、色素の薄い髪も、華奢で大きな手も、優しさも、穏やかさも、弱さも脆さも、強さも。好きよ、大好き。貴方の事ばかりを、私は考えているの。
――だけ、ど。

「……先輩、やっぱ帰ってて下さい。危ないんで。」
「……うん。怪我、しないようにね。」
「……、はい。分かりました。」

だけど、私が貴方の事ばかりを考えているように、貴方も、彼の事ばかりを考えている。
私、知っているのよ?ブレザーが基本の来神高校で、わざわざ黒い学ランを着ている真っ黒な彼を、自然と貴方が目で追っている事。それから、それは彼の方も同じだという事。何時だってお互いを考えて、お互いを見つめているの。
勿論、私の気持ちとは違う意味を持った眼差しだって、ちゃんと分かっている。もっと、深くて、暗くて、ありったけの毒を塗りたくって棘を孕んだ、危険な眼差し。お互いを慈しむものではない。でも、私にとって重要なのは、そこではないの。
貴方と彼が出会う度に、私は何時も思い知らされる。「私だけの貴方」ではないと。「私に都合の良い世界」は、所詮紛い物なのだと。彼は貴方を傷付ける人間の最たる者だけれど、貴方に釣り合う強さを持っている者でもあるのだと。――彼が貴方の中で、貴方が彼の中で、あらゆる意味で唯一の存在なのだと。
それが、私を堪らなく悲しくさせるの、苦しくさせるのよ。私なんて、立ち入る隙が無いのだもの。

――ねえ、私、貴方が好きよ。
けれど、きっと私は、貴方に釣り合う様な大人に成り切る事も、貴方に釣り合うような強さや高潔さを持つ事も、終に出来ないでしょう。彼の様に、貴方の中の唯一を得る事なんて、出来ないでしょう。――でも、でもね。

「静雄、また明日ね。」
「……はい。」

こうして貴方がその不器用な微笑を、彼が目の前に居るにも関わらず、私に向けてくれているという事に。今のこの場所、この瞬間に。未だ私は貴方を好きでいる事を許されていると、信じていても良いのよね?
――いいえ、勝手に私は信じている。だって私は泣き虫で、癇癪持ちで、我儘で、狡猾で、率直で、不相応に夢見がちで、――負けず嫌いの子供なの。
折原臨也に負ける気は、未だ、無いわ。



夢想する子供




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