※罪→静←臨で臨也vs罪歌
罪歌については、「一時的に杏里の意識を乗っ取った」か「罪歌の擬人化」のどちらかで読んで頂けると幸い。この点を了解して下さった方はどうぞ。


「私はね、愛しているのよ。」

うっとりと、何処とも知れない虚空を見遣りながら、「少女」は言った。彼女は、まるで一昔前の書籍に出てくる夢見る乙女そのもののようでありながらも、一方で、決してそのような甘い形容に捨て置く事を許さない、禍々しい雰囲気を醸し出していた。そして「少女」は微笑む。毒々しく赤く煌めく目を恍惚と細めながら。

「愛しているのよ。そう、愛しているの。愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。人間を、人間という種を、愛しているのよ。愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。あの薄くて滑らかな皮膚を、細くてしなやかな筋肉を、止め処なく滴り落ちる血液を、堅くすらりと伸びる骨を、愛しているのよ!愛は素晴らしいものだわ。私を幸せな気持ちにしてくれるもの。愛してる。何て素敵なのかしら、愛。愛してる。私は人間を愛しているの。全ての人間をね、愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。あら、浮気者だと私を責めるのはよして頂戴ね。愛に数も形も量も関係ないの。愛に定義を付けるのは無意味よ、駄目、いけないわ。愛は愛として保つ事が出来ればそれでもう良いの。私は人間に対する愛をね、愛を、愛、愛愛愛してる――。」

「少女」の声帯は暫く震え続けていたが、やがて少しずつ静まっていく。熱に浮かされたように澱み無く喋り続けていた彼女は、自らの愛の深さを誇るように、そして自らに酔いしれるように、目をゆっくりと閉じた。瞼の裏に、恐らくは彼女がかつて愛してきた人間達の姿を一人、また一人と思い浮かべているのであろう。眠るように穏やかなその姿は、ある意味神々しくもあり、『嵐の前の静けさ』という不吉な言葉を想起させもした。
――そして、それは後者が正解だと知る。
再び目を開いた「少女」は、その神々しさを追い遣り、有らん限りの憎悪を以て眼前の男を射抜いた。赤い目に、先程までとは異なる類の熱が宿る。

「――けれどね、貴方は、愛せない。憎いわ。憎いの。憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!反吐が出るわ!唾棄すべきだわ!許さない、赦せない!だって貴方、私の一番愛している彼を、静雄を、平和島静雄の存在を否定したもの!憎い。ああ、ああ!憎い。許さない憎い愛せない憎い憎い憎いわ、貴方――折原臨也。」

「少女」は肩を上下させながら、渦巻く呪詛を男に叩きつけた。それでも未だ収まらない熱が、彼女の眼差しを更に熱くさせる。
一方で「少女」に「折原臨也」と呼ばれた男は、しかしながら何の感慨も見せない様子で、ただつまらなそうに彼女の前に佇んでいた。凍傷は寧ろ熱いと感じると聞くけれど、正にその通りなのだなあ、などと悠長な事を頭の片隅で考えながら。――「少女」が彼に向けて放つ殺気は、正に冷気のそれのようだった。絶対零度の灼熱。矛盾した形容ではあるが、それが相応しいと感じられてしまう。剥き出しの刀を眼前に突き出されているかのような、身も凍るような――それでいて余りにも激しい、銀色に光る殺気。しかし、それを向けられていると認識しつつも、臨也が只管に無反応を返す事が出来ているのは、彼女の言葉に何の理解も意味も意義も見出せていないという、ただそれだけの理由であった。

「俺があいつを否定して何が悪い。それに、君があいつをどうしようと俺は構わないよ。斬ったって良いさ。不干渉を貫くよ、俺は。それで良いじゃないか。――言っただろ、『シズちゃんだけは、俺はいらないからくれてやるよ』ってさ。」
「そういう貴方の言葉、態度、一つ一つが私を堪らなくさせるのよ!そうやって静雄の存在を軽視するのはやめて頂戴!」

男は彼女の叫びに対して曖昧な表情を浮かべると、首を少し傾けた。彼女は、男の表情が「呆れ」を表すものだと理解し、また殊更に苛立ち、唇を少し噛んだ。
「少女」が怒れば、男は辟易する。男が辟易すれば、「少女」が怒る。そしてまた、男が辟易する。

「はあ、だからさ、何度も言うけど、俺があいつを否定して何が悪いんだ。あいつは化け物なんだから、俺の愛のカテゴリ外なんだよ。君があいつを愛したいならそうすれば良い。俺の知った事じゃない。……まあ、君が俺をそんなに嫌いなら、シズちゃんを愛する事なんて無理だろうけどね。」
「……どういう事?」

ぴくりと、男の片眉が跳ねる。「少女」はしまった、と口を閉ざす。
男は「少女」と対峙して今、初めてその表情を歪ませた。地の底へと見る者を引きずり込むような、絶望的に美しい頬笑みへと。「少女」の真っ赤なそれよりも、若干黒味を帯びた眼球を、男はくるりと動かした。赤い眼差しが交錯する。
「少女」は知っていた。男は言葉を操る悪魔だ。知っていた筈なのに聞き返してしまったのは、男に優位な立場を作ってしまったのは、偏に、自らの持つ平和島静雄への最大の愛を否定されたからに他ならない。彼女は激しく苛立っている。けれども、男の口車に乗り込んでしまった事に対する、一抹の焦りも同時にその心の片隅で生まれていた。しかし男の言葉達は、そんな彼女の躊躇などに構う事無く、彼女の聴神経を食い尽す。

「何だ理解できないのか。とんだなまくら刀だな、罪歌。どういう事も何も、言葉通りだよ。『君が俺を嫌いな限り、君がシズちゃんを愛し尽くす事は不可能だ』。――だって、俺はシズちゃんの精神の、深い深い所に巣食っているから。それこそ……君の刃すら届かない所に、ね。何年もかけて、俺はあいつの中で浸食しているんだよ。黒く黒く、染みが広がるように、ウィルスが増殖するように、ね。なあ、愛は確かに素晴らしい。それは俺も認めよう。けれど教えてあげよう、相手の中で巣食う事が出来るのは、『愛』だけではない。憎悪や、嫌悪も等しく相手を汚染する。シズちゃんは、俺に汚染されているんだよ。……君は果たして、シズちゃんの中の俺ごと愛する事が出来るかな。
ふふ、それが無理なら、どうする?健気に頑張って、シズちゃんの中から俺を消してみるかい?それも良い、見物だ!人間を振り向かせようと努める刀!人魚姫も真っ青の悲劇じゃあないか。俺は一番後ろの席で見守っているよ、その演劇を……なんてね。
――まあ結局、俺はどうだって良いんだよ。君があいつを愛そうが斬ろうが、あいつを俺ごと愛そうが俺を消して愛そうが、好きにしたら良い。けれど、まあ……一つ言わせてもらうなら、」

男が最後に小さく笑う。
「少女」――罪歌が、ぎりと奥歯を噛み締める音が、二人の間に響いた。

「やれるものなら、やってみろよ。」



争いを好めよ

thanx 濁声



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