※超軽度の暴力描写有り。臨也がヤンデレM。


「『儚い事象程愛おしい』という感性は、日本人独特のものだって言うけれど、それなら俺も、意識はせずとも一介の日本人に過ぎないって事か。うん、帰属意識っていうものの潜在性は凄まじいねえ。」

数度、自らを納得させるように深く頷いた臨也は、その眼球を動かし静雄を見遣った。赤黒いそれの表面に映し出された静雄の表情は、一見何を考えているのか読み取れない固いものだった。しかしそれでも、臨也は正確に見抜いている。水が静かに小さな穴から漏れ出て染み渡っていくかのように、静雄の胸の内からは、今この瞬間も滾々と苛立ちが湧き上がっている事を。そしてその苛立ちを受容する器の容積が、決して大きくはない事も。
臨也は再び口を開いた。互いの距離はおよそ3メートル。二人しか居ない池袋の薄汚く細い路地裏に、臨也一人の声が反響して満ちる。

「俺は人間を愛している。その理由は勿論様々だ。どれか一つでも欠けてしまってはならないけれど、まあ敢えてその内の一つを挙げるとしたら人間のその『弱さ』だ。人間は儚いものだよ、シズちゃん。本当に容易く壊れてしまう。切り裂けば傷が付き、落下すれば潰れ、病魔からは浸食され、外界からの汚染にも耐えかねる。皮や管や臓器何もかも全て脆弱だ。人間は弱く、儚い。しかし、だからこそ、愛おしい。」

まるで欠片の震えも無い水面に一滴ずつ波紋を広げていくかのように、慎重な様子で最後の言葉を紡ぎ終えると、臨也は視線を自らの足元に落として満足気に薄く微笑んだ。しかしそれも束の間の事で、再びその双眸が静雄の方へと上がり向かう頃には、その穏やかな笑みは跡方も無く消失していた。その代わりに、年端も行かない少年のそれのような、無邪気という名の強大な邪気で形成された、眩くもぞっと鳥肌が立つような笑顔へと変化した。

「人間の『弱さ』は人間の特徴であり特権だ。冒しがたい不文律なんだよ。その点君は素晴らしいよねえ。傷も付かなければ、潰れもしない。浸食も汚染もきっと難しいだろうね。『鋼の肉体』なんて陳腐な文句も、シズちゃんには『文字通り』だ。……まあ実際精神面は並みの人間以上に脆いみたいだけど、その身体の強度は、精神の強度を補って余りあるよ。うん、素晴らしい。素晴らしく無様な化け物だ。――だから、近頃の俺は実に不満だ。」

不満だと吐き捨てながらも、その不気味な笑みを臨也は持続させている。
そんな臨也を、静雄はただ目を細め、青いレンズ越しに見つめている。静雄の少し空虚な眼差しと、尚も蓄積していく怒りの意味を確かに理解しながら、臨也は静雄との距離を少しずつ詰めていった。臨也の靴底が、地を覆うアスファルトを蹂躙する。

「不満だよ、シズちゃん。どうして近頃の君は、人間みたいな顔をする。傍らにいる存在が増えたからかな。それとも何だろう、自分を慕ってくれる存在が出来たからかな。どちらにせよ――それは君の都合の良い幻想だ。勘違いするなよ。君は人間じゃない、紛れも無く化け物なんだから。……すぐに断線してしまう、君の怒りの琴線はどうしたの。苛立ちに頭が沸騰した時の、視界の色を思い出せよ。本能で出来た君の眼は、もっと激しい色をしていたじゃあないか。」

臨也の白い指が静雄の眼前へと伸ばされ、サングラスが静かに取り払われる。静雄の目が、直接外界へと晒された。

「ねえ、ほら、シズちゃん、俺を見ろ。俺だけ見ていろ。そして怒り狂え。不愉快に身を焦がして、苛立ちに焼かれて、怒りに燃え盛って理性なんて灰にしてしまえば良い。全て忘れて本能のままに俺を憎めば良い。俺の事だけを見て、俺の事ばかり考えてしまえば良い。――だって君は無様な化け物なんだから。自分が人間だなんて都合の良い夢を見るのは止めて、もう目を覚ましなよ。」

静雄の両の頬に、臨也の薄い手が這わされる。そのまま臨也は流れるような動作で更に距離を詰め、静雄の引き結んだ唇に自らのそれを付けた。そうして――臨也は静雄に唇の端を噛み切られ、咄嗟の呻き声も残す暇も無く、更に左頬を殴打され吹っ飛ばされ、廃ビルの壁に側頭と半身を叩き付けた。――全ては刹那の内に成された。
暫しの沈黙の後に軽く噎せ込んだ臨也は、若干霞む視界の中で、それでも確かに静雄の双眸を見た。

「おい臨也……言いたい事は、それだけかよ。」
「っ、ああ、それだけ、だよ。」

先程までの空虚で寂寞とした影は消え、今は苛烈な炎を内包した二つの眼球が、圧倒的な迫力を以て臨也ただ一人を映している。全く獣のそれのような色素の薄い双眸を認めると、臨也は、殴打された頬など最早意に介さない様子で、懐から唐突に取り出したナイフを構えた。そしてまるで恍惚の只中に居るかのようにうっとりと眼を細めると、興奮気味の掠れた声を隠そうともせずに言い放ち、血の滲む口端を自らの舌でなぞって見せた。

「……おかえり、俺の化け物。」



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