※不健全。行為後(直接描写無し)


微粒子単位で浸食されて行く。進む汚染は止まらない。独特の臭いが空間に充満し、部屋の至る所に降り立ってはその痕跡を濃く残していく。紫と表現されはするものの、その実美しさなど微塵も持ち併せていないそれを臨也は忌々しげに見遣る。臨也は、決して煙草が苦手な訳では無い。常習とは言わないまでも、適度に吸った経験もある。それにも関わらず、彼の機嫌が下降の一途を辿るのは偏に、今現在彼の視線の先、ベッドの縁に腰掛け紫煙を燻らせている人物が、他でも無い平和島静雄だからだった。

「俺の部屋汚染すんの止めてよね。」
「黙れ蟲。」

文字通り煙と共に吐き出された言葉に更に不機嫌を募らせた臨也は、露骨に舌打ちをして見せた。身体を起こし、閉じられたブラインドの隙間から漏れ出る線状の朝日に一糸纏わぬ素肌を晒しつつ、下半身には毛布を手繰り寄せる。その毛布にすら、もう既に臭いが染み付いてしまっている様な気さえして、やはり忌々しいと感じていた。

「そんなに俺の部屋にマーキングしていきたいの?」
「……何トチ狂った事言ってやがる。」
「シズちゃんの吸ってるそれ、臭いがキツイ奴だから凄く残るんだよ。だからマーキングでもしていきたいのかと思って。シズちゃんは獣みたいなもんだしね、そう思ってても可笑しく無いから。」

馬鹿にした様に、心中の苛立ちを滲ませながら、臨也は突き放す。対する静雄の眉間にはすぐさま深々とした皺が刻み込まれ、こめかみには青筋が立った。沸点の低い静雄ならば、次の瞬間には拙い罵声を返して来るだろうと思われたが、臨也の予想とは反して静雄は未だ変わらず銜えた煙草から煙を燻らせている。何を考えているのかと眉を寄せ訝る臨也に向かって、静雄は少し嫌味な角度で口角を釣り上げた。

「そうだな。マーキングだ。」
「はあ?」
「臭いじゃなくて灰を、だがな。手前の肺も真黒にするんだよ。」
「……俺もその煙吸って肺癌になって死ねって言いたいの?シズちゃんにしては中々巧みな答え方だけど、腹立たしさしか無いね。」

皮肉気に目を細めながら、臨也は静雄の口元に手を伸ばす。灰が落ちそうになるのも厭わず、唇から無理矢理煙草を引き抜くと、静雄が羽織っているカッターシャツの胸ポケットから携帯灰皿を勝手に抜き取り、その中で火を押し消した。
笑みを消し不満の色を露わにする静雄に向ってその小さな灰皿を投げ付けると、臨也は倒れ込むようにして再びベッドに寝転んだ。黒髪を白いシーツの上に散らしながら、悠然と笑む。しばしじっとそんな臨也を見遣っていた静雄だったが、やがて追う様にして、スプリングをギシリと軋ませ臨也に覆い被さる様な体勢を取る。まるで昨晩の情事が繰り返されるかとも思われる状況だが、臨也も静雄もお互いに触れようとしない。ただ、余裕に満ち含みのある笑みを浮かべた臨也を、上から静雄が不快そうに眉を寄せて睨むのみ。少しの間そんな不穏な対峙を続けていた二人ではあったが、やはり臨也が先に口を開いた。

「じゃあシズちゃんはつまり、俺の肺を汚したいから、自分の肺を汚す事も厭わずに煙草を吸ってる訳だ。自分の死を招き寄せてまでも、それ以上に俺の死を願うなんて殊勝だね。とてもしおらしいじゃないか。反吐が出る位腹立たしくて苛つくよ。最高に最悪だ。」
「そりゃ良かったな。」
「ああ、お蔭様で。……ていうかさ、シズちゃんは馬鹿だから気付いて無いと思うけど、シズちゃんのやってる事ってつまりただの俺を巻き込んでの心中だからね。自分も死んでお前も死ね、ってさ。無理心中って奴かな?道連れなんて御免だよ。」
「……気持ち悪い事言ってんじゃねえぞクソ蟲。」
「安心しろ、俺も言ってて気持ち悪かった。……まあ、そんなに死にたいなら一人で勝手に死んでよね、それが嫌なら俺が葬ってやるから。」

にたりと唇を歪ませた臨也が、下から腕を伸ばして来る。静雄はそれに応える事は無いが、臨也の腕が自分の首に絡まるのをとりたて振り払う事も無い。それを良い事に、臨也は静雄の頭を引き寄せ、互いの吐息が掛る程の距離まで詰める。静雄の肌から香る煙草の臭いと、苛立ちに乱れる薄い色の虹彩を間近で眺めながら、臨也は、最早既に浸食されつつある肺から押し出された吐息に乗せて囁いた。

「シズちゃんと心中するなんて、『死んだ方が』マシだからね。」



入水



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