ファースト○○





それは今まで食べて来たものの中で一番ほわほわで、優しい甘さで、口の中で溶けて……自分の中のバームクーヘン像が崩れた瞬間だった。

「美味しい!」
「うまい!」

私の目の前にいる人は「大盛り」と頼んでいて、果たしてこんなにお洒落な喫茶店でそんな注文が出来るのか不明だったけれど。「値段が倍になりますが……」と少々困惑気味に言った店員さんに対して「それで頼む!」と元気に注文をした彼。
そんなわけで彼の皿には一口大に切られたバームクーヘンが私の倍の量、乗せられている。4段に重ねられているそれを見た時は少し面白くて笑いそうになってしまった。
初めて一緒に食事に行った時に気付いたけれど、彼はかなりの食いしん坊らしい。"食いしん坊"なんて生優しい言葉ではなくて、"大食漢"の方がニュアンスとしては合っているかも。

「こんなにふわふわなバームクーヘン生まれて初めて食べました。美味しい!これなら倍の量食べられそうです」
「そうか!なまえもそうしたら良い!」
「……それはちょっと」

私達がこうやって2人で一緒に出掛けたのは数える程で、その度に美味しそうに食事を頬張る様は見ていて飽きない。もし、このまま順調に交際が進んで結婚という話になったら、食費が凄そうだなとかそんなことが頭によぎる。まだ当分先の話だとは思うけれど。

「煉獄さんは甘い物がお好きなんですか?」
「食べ物は何でも好きだな!好き嫌いはない!芋だ。さつまいもが特に好きだ!さつまいものみそ汁が好物だ!覚えておいて欲しい」
「はぁ……わかりました」

初めて会った時から彼はとても不思議で、既にその時には私は彼から名前で呼ばれており、何だろう……とにかく、こう、圧が凄い。最近は少し慣れたけど。
でも人から好かれるのはとても嬉しい事だし、好意を寄せられるのは単純に幸せだと思う。女は追いかけられてなんぼだと思うのでとりあえずはこのままで。
時々追いかけられる速度が速過ぎて捕まっている気がするけど、きっと気のせいかな。

そんなわけで私達の交際はきっと順調。

「あ、持ち帰りメニューもあるみたいですよ」

テーブルの上に置きっぱなしになっているメニューを眺めていて気が付いた。ここのバームクーヘンは2種類あるようで、1つ目は今食べている焼きたてのふわふわの物。2つ目は少し固く焼かれて日持ちがする物。

「でもこのふわふわの方だと賞味期限が今日なんですねぇ……お土産に買って帰ろうかな」
「そうだな。俺も弟への土産に買って行こう!」
「煉獄さんは弟さんがいるんですか?」

家族の話はしたことがなかったので初耳だ。でも家族構成を聞いたらいろいろと勘違いさせてしまいそうで少し心配。まぁでもそれくらいなら普通の会話だし大丈夫かな?

「少し年が離れていてな。千寿郎という。顔がそっくりだと良く言われるのだ!」
「へぇ……じゃあとっても可愛いんですね」

凛々しい眉に大きな瞳。そして特徴的な髪色。そんな彼の年の離れた弟くんはきっと可愛いに違いない。想像すると何だか微笑ましくて自然と笑顔になる。

「可愛い?俺の事が可愛いと言ったのか?」
「え?……まぁ……そう、そうですね」

少し違う気もするけど、完全に間違いではないから訂正するのはやめておいた。
すると少し頬を赤らめた煉獄さんが

「なまえの方が可愛いに決まってる!何でそんな事を言うんだ!?好きだ!なまえ!」
「え!?ちょ……ちょっと煉獄さん?声が大きいですよ!」

それはそれは店内に響き渡る大きな声で、愛を告白するものだから思わず飲みかけの紅茶を吹き出しそうになってしまった。おまけに店内の人にはくすくすと笑われている。

恥ずかしい……
嬉しいけれど、恥ずかしい。

こんな調子で想いを告げられるのは今回が初めてではなくて、初めて会った時もそうだし、会う度に愛を叫ぶものだからその度に私は大変に赤面をしているのだった。

でもいつまでも私の中の、この嬉し恥ずかしい気持ちが慣れて無くなりませんように。

「れ、煉獄さん。こっちの固めのバームクーヘンは日持ちがするみたいですよ。へぇ……1ヶ月くらいもつみたいですよ」

とりあえず、恥ずかしい気持ちを紛らわす為に違う話題を振ってみる。まだ食べ終えていないし、店を出るには早すぎるから。
もっと煉獄さんとこうして話もしたいし。欲を言えばもう少し会話のキャッチボールがスムーズにできると良いのだけれど。

「ふむ、このバームクーヘンか……ん?なまえ、こちらは引き出物に最適らしいぞ」

「へー、バームクーヘンを結婚式の引き出物かぁ……なるほど。食器とバームクーヘンかぁ……皆さんいろいろ考えるんですねぇ」

引き出物ね。確かに立派な箱に入って値段もそれなり、日持ちもするとなればちょうど良いかもしれない。

「ん?引き出物?結婚式?」

何となくこのワードは煉獄さんには刺激が強すぎると思い、顔を上げれば思った通り。
目を見開いて、がっしりと私の手を握って言い放った。あ、これは絶対にスイッチが入ったみたい。

「わかった!こうなったら結婚しよう!なまえ!愛してる!俺の人生の伴侶になってくれ!」

わかってない。全然わかってません。「煉獄さん、わかってませんよ!」私は言いたかった。なぜ日持ちのするバームクーヘンから急に結婚の話になるのか。プロポーズはきちんと雰囲気と場所を選んでしてほしかった。その時の勢いではなくて……

目の前の煉獄さんは、もう良い返事を期待している顔で真っ直ぐと私を見つめている。この熱い瞳の色は彼の心の中を映しているよう。そして店内にいた周りの人も、厨房にいる店員さんまでもが私達の成り行きをじっと見守っている。

ずるい。こんなのこう言うしかないじゃない。

「……よろしくお願いします」

どっと拍手と歓声が沸き起こった。まさか今日のこの日にプロポーズをされるとは。

そして、煉獄さんは眩しいほどの笑顔でフォークにバームクーヘンを刺して私に差し出して来た。何だろう。

「なまえ!ファースト何とかだ!」
「ファーストバイトですっ!」

私は煉獄さんの皿の中のバームクーヘンをこれでもかというくらいフォークに刺して彼の前に差し出した。

「私の愛の深さはこれくらいです。全部食べて下さいね」
「よしきた!任せろ!」

そんな盛り沢山のバームクーヘンを何でもないように食べ切った煉獄さんに、店内のお客さんからは拍手喝采だった。

ほわほわのバームクーヘンのように、今日は甘くて頭がとろけそうな日なのでした。

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