腹が減っては戦はできぬ





鬼を狩るのは始めてではない。だけれど、実際の任務は最終選別とはまるで違ったのだ。何度行っても血生臭ささが鼻から離れなくて、終わった後は足が鉛のように重くて。今も、前を歩く隊士の後をついていくのが精一杯だ。
私は鬼殺隊を続けていけるのが不安だった。今日の任務だって、殆どが相手の手柄であったし、こちらはヘマばかりをしていたと感じている。このままではお前は鬼殺隊としてやっていけないと、青筋をたてて怒った隊士の顔を思い出す。変なことを思い出したせいで、胃を更に締め付けた。
さっきまで明るく照らしていた月が雲に隠れて辺りは暗く、それが私の行く末を暗示しているようで更に憂鬱であった。

「なあみょうじ!」
「…………」
「聞いているか?君を呼んでいるのだが!」

ひらひらと目の前で手が揺れる。どうやら私を呼んでいたらしい。彼は煉獄杏寿郎。今日の私の相棒であり、先輩でもある頼れる男だ。しかし、どこにいてもとても大きな声で話すので、少し注目されやすいので困っている。現に、今も辺りの数人が驚いたようにこちらを見ていた。

「あっ、すみません。なんですか?」
「腹は減らないか?」

さっきまで鬼と戦っていたとは思えないくらいの潔さを持ち、憂鬱とは正反対に居る人。快活に腹を抑えて言うのだから、間違いなく煉獄さんは腹が減っているのだろう。けれど、私は血の臭いが離れなくて食欲なんて1ミリもないのが事実だ。

「あそこにうどん屋があるんだ。一杯奢ろう!」

腹が減っているとも食べたいとも言っていないのに、こちらの沈黙を肯定と受け取ったようだった。ずんずんとうどん屋に向かっていく背を、気が進まないが追いかけるしかなかった。私には先輩の誘いを断る勇気もない。
煉獄さんはそそくさと長椅子に腰かけると、お品書きを見る間もなく注文をしていた。

「店主、鍋焼うどんを頼む!君は何にする?」
「あ。わたしも同じで」

席に着く前に聞かれたのだから選ぶ暇もなく、同じもの頼む事を余儀なくされる。店主は注文に短く返事をし、てきぱきと手を動かし始めた。出汁のいい香りが、さっきまでの血生臭さを和らげてくれるような気がしていた。

「いい匂いしますね」
「だろう?うどんならここが一番うまいんだ!」

嬉しそうに言って、自分が誉められたかのように胸を張った。そうこうしている間に熱々のうどんが目の前にやってきた。ほかほかの冬の夜に浮かぶ湯気。色とりどりの具材たち。なかでも一際目を引くのは大きな海老天だった。さくさくと揚がったそれは、さっきまで僅かばかりも残ってなかった食欲を、めきめきと沸き立たせた。

「いただきます!」

煉獄さんはさっさと割り箸を綺麗に二等分にし、大きな海老天を頬張っていた。ぱりぱりやさくさくと音をたてて食べ進められていくそれに、こちらの食欲は完全にやる気を取り戻していた。

「……いただきます」

割り箸は歪に割れた。だけど、目の前の鍋焼うどんを食べるにはそれが箸として機能していれば十分であった。今の私はすぐにでもこの鍋焼うどんを食べたかったのだから。ただ、普段の私であったらきっと割り箸が歪に割れた事でしばらく気を落としていただろうと思う。

「あったかい、」

顔にかかる湯気がさっきまでのぴりぴりとした気持ちを解きほぐしていく。さくさくの海老天、汁をすってやわらかくなったお麩。うどんはコシがあって、喉をするりと通っていってくれた。さっきまで食欲がなかったなんて、まるで信じられないくらいにあっという間に平らげてしまった。

「もう一杯もらえるか!」

れんげを置いて隣を見やれば、煉獄さんは既に食べ終えており二杯目の鍋焼うどんを注文しているところだった。さすがに二杯目を食べられるほど胃に余裕はなく、ぼんやりと二杯目のうどんをすする煉獄さんを見ていた。するすると吸い込まれていく鍋焼うどん。あっという間に鍋の中は空になってしまった。

「煉獄さん、ご馳走さまでした」

うどん屋を後にして、煉獄さんと並んで歩いていると、さっきまで重たかった気持ちも足も随分と軽くなっている事に気がついた。体は確かに疲れたままなのに、不思議な感覚だった。

「気にするな!任務の後は疲れるから、息抜きくらいしたっていいだろう」
「……ありがとうございます」

ぽかぽかと、体だけでなく心まで温まっていくような。煉獄さんが私の悩みを分かっていたのかどうかは知らないけれど、お陰で私の不安はすっかり身を潜め、鬼殺隊を続けていこうと思う気持ちが顔を出し初めていた。

「また一緒に、食べてもいいですか?」
「ああ、いつでも付き合おう!あのうどん屋は美味いからな!」

雲に隠れていた月も顔を出し、私たちの道先を照らしていた。

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