みそ汁セレナーデ





小鳥の囀り、柔らかな日差し、暖かな朝餉の香り。
優しい空気に包まれて最初に口にする味噌汁が一等好き。口にした瞬間、あぁ生きてるって感じられる。今日も朝が来た、今日もお腹が満たされる、今日も生きている、この喜びを噛み締めながらいただくお味噌汁はお腹だけでなく心も満たしてくれる、はずなのに。
喧嘩をした。それだけのことで、どうしてこんなにも無味乾燥となり果てるのか。

善逸と喧嘩をした。桑島師範の下でともに修行を積んだ仲である私たちにとってそれは最早日常茶飯事ともいえるけれど、今回は後悔が澱のように心に沈んでいる。
―まるで、この味噌滓みたいに―なんて、情緒も風情もない例えに自嘲しながら、お椀の中を箸でくるくる回す。沈殿した滓は上昇し味噌汁は均一な色を取り戻したが、気持ちが晴れることはなかった。

「食わねぇのか?」

昨夜同じ任務に就いていた伊之助は早々に自身の食事を終え、訝しげにこちらを見上げてきた。男のくせにいちいち可愛い。萌黄色の大きな目がパッチリと、上目遣いなんてあざとい小技をどこで覚えてくるのか。

「顔だけ取り替えて欲しい。」
「あ゛ぁぁん?」

男の伊之助ですら怒っていてもこんなに可愛いというのに。伊之助だけではない。鬼殺隊はその殺伐とした任務とは裏腹に目見麗しい者ばかりだ。実は最終選別前に書類選考でもあったのだろうかと疑う程に。

「私も可愛くうまれたかった。」

―せめて顔だけでも。



喧嘩の原因は、炭治郎風にいえば「善逸の恥さらし」だ。任務前に善逸と炭治郎、伊之助の4人で昼食をとっていた定食屋さんの看板娘がそれはもう可愛らしかった。ついでに言えば、その娘の作ったというお味噌汁がとんでもなく美味しかった。そんな女の子に善逸が恥を晒さずにいられようもなく、気にするだけ無駄だと分かってはいたのだが。

「善逸には節度ってもんがないの?ついでに学習能力もないの?馬鹿なの?」
「ハァァあの子は俺のことが好きなんだ!だからこんっっなに美味しい味噌汁つくってさぁ!気を引こうとしてくれてんの!俺の!」
「はぁぁ?何その恥ずかしい勘違い!お味噌汁はお客さんみんな食べてるでしょーが!」
「俺のは特別うまかったんだ」
「やめないか、2人とも!お店に迷惑がかかるだろう。」

看板娘から善逸を引きはがし、そのまま口論となった私たちを諫めてくれるしっかり者の長男のおかげで騒ぎは収まったが、求婚を台無しにされた善逸のイライラは収まらなかった。

「本当になまえは、可愛くない!口うるさいし、がさつだし、暴力的だし!」
「それは善逸が他人様に迷惑かけるからでしょ。」

善逸は女の子が好きだ。女の子は一様に可愛くて、柔らかくて、守ってあげないといけない存在だという。でも、私はその「女の子」の括りに入っていない。育手の下で同じ釜の飯を食らい、誰よりも長く苦楽を共にしているというのに、これまで一度たりとも善逸の恥さらしが私に向けて発揮されたことはないのだ。

「なまえは料理もできないもんね!出汁の1つもまともにとれなきゃ、お嫁にもらってくれる人もいないでしょうよ!」

育手の下では、料理の担当はもっぱら善逸だった。獪岳に言わせれば、私の料理は材料の無駄遣いだそうだ。

「せめて愛想ぐらい良くしたらいかがですかね禰豆子ちゃんは鬼になってもあんなに可愛らしいのに!」

禰豆子ちゃんの可愛さは十分に理解してる。だって、禰豆子ちゃんに会ってから、善逸はお花摘みと夜のお散歩に大忙しだから。自分が貰ったわけでもないのに、摘まれたお花の花言葉なんてものを調べては無駄に花の名前に詳しくなってしまった。禰豆子ちゃんに可愛さで勝てるなんてこれっぽっちも思ってない。思ってないから、少し黙ってくんないかなぁ、この金髪。

「おい、善逸、言い過ぎだぞ。」

ほら、優しいご長男が不穏な匂いを嗅ぎ取ってしまったじゃないか。

「…なまえ?」

いつからか黙りこくった私を不審に思ったのか、善逸がこちらを見たのと同時に泣いてる顔なんてみられたくなくて、ガタっと大きな音をたてて立ち上がる。

「私だって、善逸のことなんて大っき…」らいにはなれないのが悔しいけど
「善逸なんて、毛根が死滅する血鬼術にでもかかればいいのよ!」なんて、三下みたいな捨て台詞とともに、それまで食べる事にのみ集中していた同任務の伊之助だけをひっつかんで店を飛び出し鬼退治へ向かったまでが事の顛末だ。



「親分は可愛い女の子が好き?」

中断していた朝餉を伊之助に分けながら食事を再開する。

「雌の醜悪なんざ興味ねぇよ。山では強さが全てだぜ。」

私と善逸も猪だったなら、善逸は少しでも私を女の子−いや、雌として見てくれただろうか。

「お前は負けっぱなしでいいのかよ。」
「え?」
「紋逸に飯も作れねぇって馬鹿にされてたろ。悔しくねぇのか。」

悔しい。悔しいけど、それは料理が出来ないからじゃない。私が善逸に「女の子」として見てもらえないからだ。

「なまえばっかり紋壱にホワホワされっぱなしで悔しくねぇのかよ。」

前言撤回。誰だ伊之助を可愛いとか言った奴。イケメンはおっしゃることもイケメンだよ。

「伊之助、ありがとう。私、頑張る。」

善逸をホワホワさせる努力もしないまま、ウジウジしてるなんて私らしくもない。雷の呼吸の使いとして、ド派手な閃光を落としてご覧にいれましょう。

そうして迎えた再びの朝餉。昨日と違うのは向かい合う人間が伊之助ではなく善逸であり、お椀によそられたお味噌汁を作ったのが私であるということだ。可愛さなんてものは一朝一夕で身に付くはずもなく、遠回りではあるが一先ず「善逸のお嫁さん」の必須条件であるらしい、出汁の1つでもとってみることとした。アオイさんにご教授賜り、多大なるご迷惑をお掛けした努力の結晶がゆらゆらと善逸の手の中で揺れている。

「…えっと、なまえさん?」

私の鬼気迫る様相に押し負けた善逸は、お味噌汁を口にする直前で困った顔をした。

「無駄口叩いてないでさっさと食べて。」
「本当にお前は可愛く…。」

―可愛くないー聞きなれた言葉はけれど善逸の口から紡がれることはなく、変わりにゆっくり口元のお椀が傾けられた。

「…どう?」

お味噌汁を口にした善逸は何も言わない、目も合わせない。金色の髪が朝日に照らされて透ける様だけが綺麗で、毛根が死滅してなくて良かったなんて現実逃避をせずにはいられなかった。

「美味しいよ。すごく、おいしい。」
「ほ、ほんとにこないだの定食屋より?」
「うん。生きて帰ってこれて良かったって心底思えるくらい、優しい味がする。」

そう言って、ただでさえ下がりがちなヘンテコ眉毛を更に下げて笑うから、私の顔は真っ赤になるしかない。きっと茹蛸みたいで、また可愛くないって笑われてしまうのに。

「俺、可愛いなまえが毎朝この味噌汁つくってくれるなら、畑を一反でも二反でも耕せるよ。」

さすが元鳴柱の後継者、見事な稲妻が閃光のように落ちてきた。

「…とんでもねぇ善逸だ。」


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