※現在お礼は全4種になります


コウタの場合



ぱら、と。静かな空間に本のページをめくる音が響く。


「見つかった?」


真剣に本を見ていた少女に声をかけるとハッとした後にふるふると首を横に振るう。どうやら少し中身を確認するつもりがそのまま読みふけっていたらしい。


「わかるわかる。掃除のときとかつい読み始めたりするよな〜」

「……すみません」


ほんのりと赤く染まった頬。申し訳なさそうに謝る姿が可愛らしい。


「博士もこーんなに本がある中から探してこいなんて無茶言うよね」


何日か前にサカキ博士から用事を頼みたいと呼び出され、やる気もそこそこにラボラトリを訪れると、そこには気になる同期の女の子もいて。図書館の跡地にあるらしい本を見つけて持ってきてほしい。それがサカキ博士から頼まれた用件だった。ミッションの合間、空き時間の度にふたりで図書館まで出かける。そんな日が数日続いていた。
あくまでも仕事の一環なわけだけれど、こうやって静かな場所で時々話ながら…とはいってもほぼ自分が一方的に話をして少女が相槌をする、それだけなのに居心地がよかった。


「何の本だったの?」

「え…あ………小説、です。その、ふつうの」

「ふうん?どんな話?」


ふつう、という割には歯切れが悪いのが気になって聞くと、ええと、その、なんて困っている反応をみせる。


「………男の子が」

「うん」

「ずっと…片想いをしている女の子と、結ばれる、その……恋のお話、みたいです……」

「へ、へえ〜。そういうの興味あるんだ?」

「……………」


まさか彼女の口から恋なんて言葉が出るとは思わなくて、思わず変な返しをしてしまう。本を棚に戻すと、聞き取れるか取れないかくらいの小さな声で、あちらを見てきます、そう言って足早に歩いていく少女になにも言えない。ああもう、ばかだなあ何してるんだと、頭をがしがしとかく。


「……I love you…」


少女が読んでいた本を引っ張り出して、パラパラとページをめくる。
"君だったらそれをどう訳するの?"
そのたったひと文にピンクの蛍光ペンで線が引っ張ってある。図書館の本に書き込みはいいのだろうかと思いつつ、きっと間違って書き込みをした本人も自分のように好きな人がいたのだろう。そう思うと急に親近感が沸いた。


「愛してる、だっけ…」

「好きなひとが、いらっしゃるんですか…?」

「うわあ!?」


本棚を挟んだ向こう側。驚いて後ろに一歩下がる。どうやら本棚の向こうにいたらしい。


「……す、すみません…」

「ううん!こっちこそ大声出してごめん!」


ふるふると頭を横に振るうのが見えた。恐らく大丈夫ってことだろう。


「……ええと、す、好きっていうか…気になるっていうか…」

「………」

「好き、みたい……かな…」


あんたのことだけど、なんて常套句は飲み込んで。


「……、」

「っあああのさ!もし、あんただったら何て言われたら嬉しい!?」


彼女が何か言いかけたけど、気恥ずかしくって話を替える。少し悩んだ彼女は、頭を横に振ってから、……そろそろ帰りましょう、と。
それって何だか悲しい。自分にはそういうの関係ないって言っているみたいだよなあ…って思う。


「…愛され方を」

「え……?」

「愛され方を、教えてあげる」

「……こう」

「…  に」

「………!」


名前を呼んで、そう言う。顔が熱くて、馬鹿みたいに心音がうるさい。彼女もそうだったらいいのに。


「……とおもいます」

「へ…?」

「……君らしくて、いいと思います…よ…?」

「…あ、はは…なら良かった…?」


どうやら少女はコウタなりの"愛してる"の訳だと理解したようだった。ただ、それが自分に対してだとは微塵も思っていないらしい。

思わずため息をつく。すごく力が抜けた気がした。


「これ、持って帰ってもいいかな」

「…恐らく大丈夫だとは思いますが……サカキ博士にご報告はしたほうがいいかと…」

「うん、そうする」


本棚を抜けて、彼女と合流する。未だに顔が熱い自分と違って、表情を見ても特に変化はない。改めて片想いなんだなあ、と実感させられる。


「……読み終わったら」

「うん?」

「…その、お借りしてもいいですか?」

「う、うん!もちろん!」

「ありがとうございます」


彼女が歩を進める。ちらりと見えた彼女の耳が赤くて、足をとめる。見間違いかもしれない。でも、もし見間違いでないのなら…少しくらい期待してもいいのだろうか。


「………あのさ!」

「……?」

「さっきの答え、いつか教えてよ。愛してる、の訳し方」


少女はぴたりと足を止めて目を瞬く。それからほんの少し笑ってくれた。


「うっし、帰ろっか」

「…はい」


サカキ博士には悪いけど、まだ暫くは本が見つかりませんように、なんて思った。




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