愛されたかった子供はだあれ。

総督府は蛻の空だった。誰もいないのに不信感を覚えながら、地下から声がするということで、そちらの方へ足を向けた。そこにいたのは、ディザイアンとドア総督だった。飛び出していこうとしたロイドを押さえつけて、しばらく様子を見ている。ドア総督は悪魔の種子というものを植え込まれた妻を助けようとして、ディザイアンと手を組んでいたらしい。ドア総督の横には、娘さんのキリアちゃんも一緒だった。

ディザイアンが消えたのを良いことに、押さえつけられていたロイドは飛び出していった。そのロイドと、後ろから現れた私たちを、驚いたように見ていた総督に向かって、ロイドは顔をしかめていた。


「なんだよ、その面は。まるで死人でも見たような顔じゃねぇか」
「ねぇロイド、その台詞ありがちだよ」
「うるせー!」

こんな時にでも、笑っていられる2人は凄いと思う。感情が豊かなんだろうな、なんて。たまに羨ましくなる。ただ今はそんな話をしている場合、でもない。

「何故神子たちが此処に…?!ニールはどうした!!」
「ニールさんはいなくてよ」

ドア総督の声に真っ先に反応したのはリフィルだった。その言葉を聞いた総督は、ニールさんが裏切ったと思ったらしい。彼の様子にシエルが顔をしかめているのが分かった。口を出さないのは、またロイドが何か言い始めたからだろう。


「あんたの奥さんがどうしたってんだ?人質にでも捕られてるのか?」
「人質だと…?笑わせる。妻なら、此処にいる!」

声を上げた総督が、一枚の布を引っ張った。その先にあった牢屋、そこには魔物としか思えない、それがいた。後ろにいたクラトスが、息を呑むのが分かった気がする。


「うわ、なに、この化け物…!」
「泣いてる…。あの人苦しいって泣いてる…化け物なんて言っちゃ駄目だよ!」

さすがにロイドも気付いたらしい。やはりそこにいるのは総督の妻であるクララさんという人だった。あの様子…大人しくしているのを見る限り、まだ自我はありそうだった。おそらく、状況としてはハイマで助けたピエトロと似たような状況だろうから、またあの術をかければ治る可能性もある。その可能性がどれほどかは分からないが。

「父が愚かだったのだ。ディザイアンとの対決姿勢を見せたために、先代だった父は殺され、妻は見せしめとして悪魔の種子を植え付けられた。私が奴らと手を組めば、妻を助かる薬を燃えるんだ」
「それじゃああんたはこの街のひとを 裏切ってるんじゃないか!」
「知ったことか!所詮ディザイアンの支配からは逃れられん!」


ジーニアスと総督が声を荒げるなか、少しだけトーンを落としたロイドが呟いた。その呟きは、この地下では広く響いた気がした。

「…コレットが、神子が世界を救ってくれる」
「神子の再生の旅は絶対ではない。前回も失敗しているではないか。それにこの街のモノは私のやり方に満足している。ただ、私がディザイアンの一員だと知らぬだけだ」
「ふざけ…」
「黙れ」



ロイドの感極まった声は、低い声に遮られた。あぁ、また怒ってる。隣で密かに溜息をつく。いっつもこう、私がキレる前に彼がキレてしまうから。たまには発散させてくれてもいいと思うんだけれどね、どうにも熱くなるのは変わっていないらしい。

「黙れ、何がお前のやり方だ。他の方法なんていくらでもあっただろ。総督の地位を捨ててでも薬を探せ、なんて言わねぇよ。信じてる人たち裏切って、楽しいか?」
「お前に何が分かる!自分だけが正義と思うな!」
「俺は正義なんかじゃない。何が正しくて何が正しくないかなんてわかんねぇだろ。でもな、あんたのしてることは間違ってる」


彼は自分が正義じゃないことはよく分かっている。誰も正義になんかなれやしないことも知っている。(だって、かつてそれを彼は望んで、絶望を見たのだから)

「シエル、もうやめなさいよ。誰もが強いわけじゃないんだから」
「…分かってるから苛々してるんだよ、セレネ」

声のトーンは変わらないままだった。けれど、そのまま大人しく引き下がった。ロイドはといえば、自分のぶつける怒りを全て言われてしまったのか呆然としているのが分かった。その様子を見たコレットは、総督へと顔を向けて、私たちの方を向いた。


「その薬っていうの、私たちだけで取ってきてあげよう?そうしたら総督だって、もうディザイアンの味方にならなくていいんだよ?」
「……私を、許すというのか…?」

薬なんて、存在しないと思うけれどな。コレットと総督が話をしている後ろで、その様子を傍観していたリフィルを見た。恐らく、目が合ったのは同じことを考えていたのだろう。どちらともなく、口を開く。だたそのタイミングを見て、私はリフィルが何かを言い出すのを待っていた。

「…セレネは本当に薬は存在すると思う?」
「…いや、思わない、わね」


一度悪魔の種子なるものを植えたら、多分もう用はなくなるだろう。そんな“用無し”にも近い存在を助ける為に、薬を作るなんて、そんな手間なことは絶対にしない。コレットと総督は未だに話をしていた。


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