あの人は今頃何をしているのだろうか。



テーブルには小さなツリーが置かれている。
部活動の仲間達は楽しげに25日の計画を練っていた。何のラノベの広告の前で待ち合わせだとか、カラオケで何のアニメのオープニング曲を合唱しようだとか。キャラクターの名前入りのケーキを注文しようと盛り上がっている彼女達の目を盗んで、僕は敬愛してやまない先輩に近寄って行った。あの場にいればそのケーキの予約の電話を入れるという恥ずかしい役を回されそうだったので、逃げてきた意味もちょっとあったのだった。彼の前で立ち止まり、思い切って尋ねた。
「祐希先輩は、どうですか?」
「どうって」
「あの、クリスマスパーティー、参加……しますか?」
浅羽祐希先輩はストーブの前の一番暖かい地点に陣取って、話し合いに加わらず携帯を触っていた。もっとも、先輩が輪に加わったところを見たことのある部員は誰もいなかったけれど。
「クリスマス?」
きょとんと目を丸くした祐希先輩はキュンとするくらい可愛らしくて、僕は染まった頬を見られたくなくて下を向いた。すると茶色の大きめのカーディガンに半分覆われた先輩の手が目に入ってきて、その二次元的可愛らしさにまたキュンとした。
「何それ…いつ?」
「えっ…来週ですよ。先輩、気付かなかったんですか?(こんなにうるさくはしゃいでいるのに)」
「いやー……全然気付きませんでした」
先輩の頭がこつんと窓に当たった。12月のガラス窓は手のひらを当てればピリリと冷たい。祐希先輩は、「クリスマスねえ…」とぼやきながら、窓にふうと息を吹き掛けて白くさせた。カーディガンから覗く指をそこに乗せて、ゆ、う、た、と書いた。
「プレゼント何にしようかなー」

僕の質問の答えはノーだろう。



クリスマスソングで一番好きなのはサンタが町にやってくる、だ。理由は単純で、明るい気持ちになるから。シャンシャンシャン。鈴の音が街に溢れ、人が溢れ、灯りが溢れる。飾り付けられたツリーが立つ。この日だけは寒さも気にならない。人々の幸せそうな表情で夜が暖かいものに変わり、眩しいものに変わる。
25日、19時前。
祐希が手袋をしていない悠太の手を握って、引っ張った。そして空いている方の手を差し出してきたので、悠太はいっつもこうなんだからこの子はと呆れた顔をしてコーヒーのカップを渡してやった。
「ふー、あったかい」
「もうわかってたよ。祐希がシュガースティックを2本入れた時から、こうなることはわかってました」
「ゆーた、怒んないで。ひとくち」
「祐希も買えばって、勧めたのに」
「悠太と一緒に飲みたかったのー」
何の目的もなく街を歩くなんて、以前なら考えられなかった。悠太も、祐希も。兄弟であった、兄弟のままでいた時には出来なかったこと。
祐希となら一緒に歩くだけで意味のあることだと思えた。大切にしたいことだと思った。
「あそこの像の辺りのイルミネーションね、一時間ごとにきらきら動くんだって。ほらいっぱい人集まってる」
人で埋まる花壇の縁に腰掛けられるスペースを探して、ふたりでのんびり夜空を見上げる。天気予報がホワイトクリスマスだと予想していたのにそんな気配はなかった。ふうと息を吹いて空に白い曇りを作ったけれど、すぐに消えてしまった。学校を出てからずっと外されなかった手がぎゅと握られて、視線をやる。これが「こっち向いて」の合図になってしまった。
「ちゅーしたいね」
周囲を憚った囁きなのに悠太の耳にはっきり届く。
甘える表情にずきんと胸が痛んだ。悠太の眼を覗き込む眼が熱くてそれだけで祐希の好意が目一杯伝わってきた。
周りにはたくさんの人。
「家に…帰ったらね」
「うん。これで我慢する」
握られた手が持ち上げられて、祐希は甲に唇を押し当てた。冷たい唇がほんの少しの間触って、それから祐希が自分のほっぺにずらして擦り寄せた。
「悠太の手冷たい」
学校が終われば直帰が常の祐希が、今日はプレゼントを買いに行こうと悠太を連れ出した。色んな店を回りながら、欲しいものを何でも言ってと言われた。祐希のその気持ちは嬉しかった。気持ちだけで嬉しかったのだ。どうしても思い付かないと正直に話したら、じゃあオレが悠太に似合うの選んであげる、と毛糸の帽子をプレゼントしてくれた。紺色と灰色の、トナカイ柄の。今は丁寧にリボンと箱に包まれて、悠太の鞄の中に仕舞われている。
「ほっぺも冷たい。寒い?」
マフラーを潜って、祐希は今度は悠太の頬に手のひらを当てた。そう言う祐希の手の方が冷たかった。
「もっとこっち来て。くっつこ」
「寒くないよ」
「いいから。ぎゅー」
「ちょっと、祐希っ」
ぴったりくっついて祐希の腕が体に回った。
さすがに焦って体を離そうとしたら、頬にちゅとされた。
「あったかくなった?」



あの人は今頃何をしているのだろうか。
大切な人と過ごしているのだろう。窓ガラスに書かれた名前は僕も良く知っている人のものだった。そして先輩がその人をとてもとても好きなことも良く知っていた。僕をヒーローだと思っているくらい好きだから、聞かなくたって見ていればわかるのだ。
漫研の仲間達とのクリスマスパーティーの最中だった。
カラオケで合唱やらプレゼント交換やらを終え、夕食にするお店へ向かう途中、女の子達が見ていこうと言い出したイルミネーション。小規模だけれど、うっとりするほど美しかった。じゅうたんみたいに灯りで敷き詰められた場所と言えど、周囲はその邪魔をしないよう、人の顔まではっきりとは見えない程度の薄暗さを保っていた。眩しすぎても駄目なのだ。良く出来ていると思う。
それでも見付けた。
イルミネーションのひとつひとつの電球の数よりも多いであろうたくさんの人、人、人で溢れる中、僕は祐希先輩を見付けたのだ。感謝した。僕の先輩への想いがどこかの誰かに通じたのだと思った。クリスマスに偶然好きな人と会えるだなんて、まるで漫画みたいじゃないか?高揚した気持ちは躊躇いなんて消し去り僕を突き動かした。先輩と話したかった。ひと言、メリークリスマス、と言えたら。
中心から少し外れた場所の花壇の縁に腰掛けている先輩は、隣の誰かを抱いていた。顔を近づけて、頬にキスをして、すぐに離れたけれど腰に回された腕はそのままで、二人は二人で世界を作っていた。
僕は引き返すことも近付くことも出来ずに、棒立ちになっていた。興奮していた気持ちが急速に萎んで、景色が色褪せた。
音楽が流れていたことを思い出した。
暫くすると祐希先輩は立ち上がり、もうひとりの先輩を残しどこかへ行った。もうひとりが先輩だと何故わかるのかと言うと、窓ガラスに書かれた名前のその人だったから。そしてその人は数メートル先に突っ立って見ている僕に気付き、僕だと気付かれてしまった。
その人は周りの灯りの中、微笑みを見せた。先輩とそっくりな顔なのに、全く別人で、辛いほど綺麗だと思った。
「祐希が時々話してくれるよ。松下くんのこと。漫画貸してくれたり、いい後輩なんだって」
そんなことを聞いてしまったら、僕はもうどんな格好も嫉妬も放り投げて、正直に話すしかなかった。僕の格好良いヒーローがどれだけあなたを好きか。大好きか。想っているか。僕は、あなたが羨ましいと。
僕は泣いていたかも知れない。
クリスマス。夜。街。音楽。イルミネーション。恋敵に喋るだけ喋って走り去るなんて、やっぱり今日の僕は漫画みたいだ。
頭がいっぱいになって、心が変なものでいっぱいになって、知らない所まで来て、僕は腕を掴まれるまで声をかけられていたことに気付かなかった。振り返ると、祐希先輩。
「めりーくりすます、サンタさんからの贈り物です」
手渡された小さな袋。きちんとリボンでラッピングされてあった。
「松下くんが教えてくれなかったら、オレ何にも考えずにクリスマス迎えてたよ。助かりました。だからお礼」
「…………漫研のプレゼント交換は終わっちゃいましたよ」
「じゃあオマケってことで」
イルミネーションの中で見る祐希先輩は、やっぱり格好良いヒーローみたいだった。



ほとんどを祐希が飲んでしまって空になったコーヒーのカップ。お詫びに祐希は温かいココアを買ってきてくれると言って出掛けていった。
祐希と入れ違いに悠太の前に姿を現したのは、祐希の部活の後輩だった。互いに当たり障りのない挨拶を交わし、会話の中で何度か名前を聞いたことのある子だったのでそう言うと、彼は一度顔を伏せ、また顔を上げた時には何やら真剣な表情になって、話してくれた。
「祐希先輩は、悠太先輩のことを本当に大切に思っています」
「いつも先輩のお話ばかりで」
「先輩の優しいところがいちばん大好きだって良く言ってます」
「僕、祐希先輩に憧れてるから、そんなに思われてる先輩が羨ましいです」
思い詰めている様子すら感じられる表情にも、語ってくれた内容にも驚いた。祐希は今日彼に買ったプレゼントを渡せて満足そうなので良かった。後日渡す予定だったから、偶然会えて今日贈れたのは松下くんがいい子だからサンタさんが見てたんだね、良かった良かったとかなんとか。お礼をしたのだと言い、何のお礼だかは勿体ぶって教えてくれなかった。
鞄を開けて、祐希からのプレゼントを開いた。帽子を着けて、似合う?と聞いたら、祐希は口元を緩ませて頷いた。
ココアは温かかった。

「オレも良いことがあったよ」
「え、なに?」
「今日のオマケ、貰っちゃったし」







プレゼントとオマケ


121225

お題配布元:反転コンタクト

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