/お酒



オレたちのハタチに乾杯だと千鶴が叫び、祐希と悠太が拉致され、大量の酒と共に押し掛けた要のアパートメント。独り暮らしの癖に寝室まである小綺麗な良い部屋だった。夜も更けて全員が酔った。
王様ゲーム開始を高らかに宣言したのが千鶴だったら、止めだやめと泣き喚きながら終了させたのも千鶴だった。金髪な王様から2番が3番にチューという命令が下って、2の割り箸を引いた要は動揺した。ちらりと相手の悠太を見ると要を窺うようにしていて、拒否しないことに一番狼狽えた。けれども要が一瞬だけ望んだ展開は訪れることなく手の中の2の箸が1に変わってしまっていた。驚く間もなかった。祐希が悠太にキスして、押し倒して、目の毒になる熱い口付けを始めた為に強制終了となったのだった。ん、んっとかいう悠太の声まで聴こえた。
「どうせオレはチューする相手いねーよ!」
3番が王様にチューにすれば良かった!オレのバカ!千鶴はむせび泣いていた。ちなみに最初の命令は要と千鶴でコンビニまで酒の買い足しだった。どうやったかは知らないが王様(祐希)の操作だと要は思っている。
意外にも千鶴はイケる口で、何本もの発泡酒を鬼のように胃袋に流し込む様はショーみたいだった。すぐに真っ赤になった要は早々にグラスの中身を烏龍茶に変え、祐希と悠太は並べた缶を端から空けた。高校時代を懐かしんだ。要でさえ酔ったのだ。旨い酒だった。祐希の持ち込んだテレビゲームで一通り盛り上がった後はスイッチが切れたように、千鶴は大の字で寝息を立てている。悠太は毛布をかけてやっていた。

酒気に満ちている部屋の中は、転がる缶達でカラフル。
「どうなの、彼女とは」
自分に言い放たれていることに気付いた要は胡乱げに祐希を見やった。暑いとかで眼鏡はテーブルに置いている。
「会ってあげなくて泣かせてるんじゃないの」
「えー…要彼女いたの?なんで教えてくれないの」
その隣でグラスを揺らす悠太がやんわり目元を緩める。とろりとした目。いつもよりまばたきがゆっくりだ。艶やかという表現が恐ろしく似合う、そんな悠太に見詰められると酒で赤い要の顔は3割り増しで赤くなった。
「くだらねえ嘘言ってんじゃねえよ祐希。いねーよ、彼女なんて」
「あらー酷い。容子さんは毎晩涙で枕を濡らしてるっていうのに」
「母さんだろーがそれは…!」
「でも夏休みも帰ってないんでしょ?寂しがってるよ、きっと」
「…いいんだよオレの話は…。お前らだって何してんだよ」
要の毛布にくるまって快眠中の千鶴を顎で指す。
「ゆっきーがメールもくれないー、とか何とか、うるせえ電話してくんだぞ…あいつの相手をオレに回すんじゃねえよ」
「だってふたり暮らし満喫してるんだもん、ねー」
間延びした話し方で祐希は悠太の頬をつついた。
祐希は悠太と同じ大学へ行った。受験勉強をしなかったとは言わないが、必死になって問題集にかぶり付く姿など一度も見せたことがないあたりが相変わらず要の癪に障る幼馴染みだった。
「ねぇもいっかいしよっか、王様ゲーム」
ワインの瓶を引き寄せる祐希。甘いそれが気に入ったと言っていた。
「どうせまたオレに買い物行かせるんだろ…」
「またってなに?」
「はい二人とも選んで。せーの」
思考力が低下しているので、なんとなく流されて要と悠太も従う。案の定というかそれ以外の結果があるならば祐希は話を持ち出さない。王様になった祐希は両腕を広げて「ゆーうた、王様にちゅう」と名指しした。要はその頭をはたいた。キレはない。
時計は静かに音を立て続ける。
家主が酔い覚ましに湯気の立ったマグカップを持って来た。テレビを点けた祐希が横目で何それと言う。
「…緑茶」
「わーじじくさい」
「うるせーてめえにはやんねえよ。…ほら、悠太」
「あ……ありがと」
二人ともいけなかった。要は渡したつもりでいたし、悠太も受け取ったつもりでいたが、結果失敗してマグは落ちた。プラスチックだからどこも割れはしなかったけれど、惨事になったのは要の服だった。
「あっ……つ」
「ごめん、要、大丈夫?」
「ああ、いや…お前こそかかってねえ?」
「…火傷してない?」
悠太は濡れた要の手を取って、親指と手首の間を舐めた。あまりに自然な動作だったから、された要はぽかんとなった。間を置いてから赤い舌がゆるりと撫でるのを感じてそれこそ火が点いたように熱くなった。まだ心配そうに上目遣いをされる。オレはいいからお前は、と出かかった。
「あー」
すぐ後ろから声がして肩が跳ねた。祐希が覗き込んでいた。何故要が彼に後ろめたい気持ちにならなければならないのか。
「おやつが濡れちゃった」
「うん、ごめん…」
「ん、でも眠くなったからもういいよ。悠太寝よ」
「……そうだね眠いのかも…」こめかみを押さえる仕草をする悠太を祐希は引っ張って立ち上がらせた。借りるから、と言って寄越されて寝室のことだと要が気付いたのは、二人が消えてガチャリとノブが閉まる音がしたからだ。許可もなく家主のベッドを占領する図太さ、相も変わらず、祐希は祐希だ。


「……ん」
大きな柔らかいベッドが目の前にあって、身体を預けずにはいられなかった。祐希が何をしたいか、それだけが悠太には分かった。だから頷いた。他は頭が回っていなかった。
横たわる悠太の肩、首、黒のシャツに覆われてゆっくり上下する胸、赤い唇のなんと美味しそうで胸の奥がじくじくすることか、かぶりついてのし掛かった。これは要の使うベッドであって、それを考えると萎えるけど無視する。正気は捨てている、お酒のせいだもの。熱い身体を目の前に晒す。柔らかい頬を撫でた。
「酔ってるね」
「…酔ってないよ」
「酔ってるよ」
「祐希だって」
「オレは酔ってないよ。悠太だけだよ」
「…そんなことないよ」
僅かにもたげる悠太の性器を握って擦った。すぐに悠太は身体を揺らした。はっ、濡れた息を吐いて、睫毛も濡らした。瞼を閉じると水滴が滲むのだ。きららきらする。
サイドテーブルに置いたグラスの中身を口に含んで、開けていなければ呼吸がままならない悠太の口を塞いで、舌を使って流し込んだ。飲み込ませる。ふ、んっ。悠太は懸命に胸を上下させる。入りきらなくて滑り落ちたのは舐めた。喉が燃える。白い頬が、首が、いつもよりずっと色づく。紅葉なんかよりも美しくて楽しい景色だと思う。
早急に脚を抱え上げ、膨らんだ性器を突き挿れた。悠太は喉を見せて大きく喘ぐ。ふたりの秘密の寝室ではないのに、抑えが効かないのはやっぱり酒のせいだ。ぐ、ぐッと根本まで埋め込んでそのまま揺らした。ベッドの端にすがっていた手を取って握ると悠太も握り返した。あ、あ、っ、ん、あ、可愛らしい蕩けた声で気持ちが良いのだと喋っている。奥の硬いところを突く、跳ねる、目を瞑って首を振る。とうとう睫毛から滴が溢れた。
「きもちいい?」
「……ち、いい…っ」
「オレのこと好き?」
「…っん…、ん、…好き、…」
「もう他の人舐めたりしない?」
「しな、……からっ…ああッ、あっ、ん…!」
腕を回させたら素直に首を抱いた。額を首筋に押し付けて、悠太の身体では受け止めきれない快感に負けている。でなければ悠太はこんな風に祐希にすがったりしないのだ。酒はプライドとか意地とかをずるりと剥がして純粋に快楽を悠太に受け入れさせた。
もう一度好き、と訊いた。頷くのが本当に可愛かった。




「……あいつ、ブランデー苦手って言ってたよな」
たぷんと瓶の中身が波打つ。自分の寝室から幼馴染みの矯声を聴かされ続けたこの苦痛は誰が癒してくれるのだろう。舞い降りて欲しい、要だけの女神。聞いたところによるとかの酒には催淫効果が、あるとかないとか。
「………悠太のグラスに入れただろ」
祐希は黙って口元に人差し指を立てた。





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