/悠太が天使すぎて生きるのがツライ



この場合悪いのは千鶴になる。うっかり「たまにはゆうたんからぎゅーとかちゅーとかされたいんじゃないの?」とか安易な気持ちで口走るからいけないのだ。「ん…学校ではいい」と言う祐希に似合わぬまともな言葉に、当然何でと食い付いた。この男にも人並みの恥じらいくらいはあるのだと感心しようとして。
「勃っちゃうから。その後どうするのオレ?やばいじゃん。オレ皆に変態だと思われるじゃん」
「そうなんだから仕方ないんじゃね?」
ふうと悩ましげにため息をつき、祐希は窓の外のふんわりした雲を見て悠太を思い出す。
「悠太ってさあ………」



生まれた時からいちばん近くにいるあの子は祐希の全てだった。この世界で最初に朝を迎えた時、目の前には悠太がいた。卵の殻を割って這い出てきて初めて目にした者を慕う雛鳥のように、祐希は悠太を慕い、想い、好いて愛するようになった。決まっていたことなのだ。文字通り産まれ落ちる前から。


「悠太って、あそこから降りてきたオレの天使なんだとおもう」
「ゆうたんの彼氏でしょ。なんとかしてよ」
ここに居らぬテンシとやらに届くように、祐希を真似て空に向かって語りかけた千鶴。
窓の縁に並んで、時間の流れの緩やかさに人生の無駄を感じながら、茶道部の活動終了時刻だけを待っている。会えない時間なんて無駄な物・要らない物なのだから。
「だってこうやって腕広げたら、どうしたのって優しく訊いて抱き締めてくれるし、それちょうだいって言ったらあーんしておいしい?って聞いてくれるし、眠いって言ったら膝枕して頭撫でてくれるし」
「キーッ。羨ましい、ズルい、欲しい」
「あげないよ」
「ちょーだい。オレにもゆうたんちょうだい!」
「その触覚が悪いの?頭が悪いの?」
「すげえ悪口」
祐希の天使を横取りしようとは悪魔とかその辺の悪い何かに違いない。悠太は祐希の物になりたいから一緒に生まれてきてくれたのだ。他でもない祐希を選んでくれた。祐希のもとに降りてきてくれた。


「祐希、ごめん、待たせちゃったね」
当然悠太は、先に帰ってと言ったし、待たせたくないから、ね、とお願いまでした。祐希が聞かなかった。勝手に待っていた。お陰で優しい優しい悠太は美しい所作でお碗を傾けながらも祐希のことばかりを考え、祐希の為に急いで階段を駆け上って来てくれたことだろう。祐希はどこまででも悠太に甘えられる。同時に、どこまで許してくれるのか試している気もする。どこまで近付いていいのか、どこまで所有するのを良しとしてくれるか。注意深く測っている気もする。気が付いたらするりと逃げてしまっていたなんてことが起こらないように。だって悠太にはきれいな羽根が生えてるんだから。
おかえりゆうたん、という出迎えの声に、ただいま。千鶴も待っててくれてたのと応える悠太。オレには?と首を傾いで見せたらどんな風に祐希を喜ばせてくれるだろう。
「祐希には、アイス」
「え?」
「買おうって思ってたんだよ。この前の日曜日、帰り道のあの店のアイスが食べたいって言ってたでしょ?」

キュウウと胸が苦しい。覚えていてくれたのか。言った人間ですら忘れていた独り言を、心に留め置いていてくれた。
思っていいのだろうか、祐希は悠太にそうさせるに足る人間だと思っていいの。好きだからしてくれることだと、特別なのだと思いたい。
このまま傍にいていいの。こんな我が儘ばかりでも。
「いいよ。それが祐希だから」
中学生の時だった。その時も悠太は今と変わらぬ穏やかさでそう言って、祐希を安心させてくれた。

「オレ悠太がいないと生きていけない」
沈黙していた祐希が突然喋ったのがそれだったで、鞄を引っかけた千鶴が目を丸くした。
「そんなことないよ」
悠太に拘りなく首を振られるのは寂しかった。
「本当は、祐希はオレがいなくてもなんでも出来る子だって知ってるから」

ずっとずっと、隣で祐希を見てくれている人だった。
何故だかわからないけれど、悠太は祐希を手の届かない眩しいものだと思っているらしい。自分なんかより何でも出来る子だって。逆なのに。祐希はただの人だった。祐希にとって悠太こそが、同じ人間とは思えないくらいに心まで綺麗で、そして清らかでなくてはいけないものなのに。
だけれど悠太は祐希を疑わない。それもまた、やはり嬉しいのだ。
祐希を見て、理解って、想って、全部受け入れてくれる人。
好きすぎて胸が苦しくなるから、いつか死んでしまうと本気で思っている。殺されるなら悠太にだと思っている。

「やだ。悠太わかってない。そんなこと言わないで。悠太がいないと駄目なんだってば」
悠太の愛情を目一杯受けなければ駄目な身体になってしまった。悠太が言うような、そういうことじゃないのだ。祐希の気持ちが、悠太が欠けたら駄目だと言っているのだ。
そっか、と微笑む、祐希のことはわかっても祐希の気持ちにはいまいち疎い、祐希の天使。
胸が熱くて好物のアイスが喉を通りそうにない。



「なんて言うかさ。ゆっきーとゆうたんの間には入れねーよな」
放課後の窓辺は千鶴の物だった。今日の空は鳥がいくつも飛んでいて、こうやって見守っていればいつか彼らの仲間になって同じように飛べそうな気がしてくる。
「あんなに優しい人なかなかいねーよ?それもゆっきーなんかにさ」
「オレなんかって何」
「ワガママエロ助ってことだよ」
2階の渡り廊下を悠太と要が歩いていた。見付けた千鶴が両手を振る。ぽんとその肩を叩いた祐希は、「見てて」と言って、自分の口元を片手で覆う。悠太に向かって声を出さずに何か喋った。
窓ガラスの向こうで、悠太がぱっと顔を逸らした。
要が呼び掛けているであろう仕草をしているが、それにも構わず行ってしまった。
「えーっ、なになに、何て言ったの、今ゆうたんになに言ったの?」
「好きって」
「……それだけ?」
「それだけ」
「…あんな照れちゃうのね」
「いいでしょ。あれオレの」
「はいはい」





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