/教室の掃除用具入れの中にいたずらで入ってたら



先日の電車内での犯罪行為は麗しくも密やかで淫靡な体験として祐希の脳に刻まれていて、楽しかったまたやりたいだとか事あるごとに口にするのだけれど、悠太に取っては思い出したくない散々な出来事だった。可愛かったと言われる度目眩がした。恋人というのはもっと違うものだと悠太は思っていた。互いを大切にし合い、心を預けられて、困ったことがあれば手を差し伸べ助けてくれるような。相手を怯えさせるなんてそれは本当に恋人なのだろうか。祐希は悠太の恋人なのか?逆だ。こんな扱いをされて、ちゃんと悠太は祐希の恋人なのか?

遊びだと言うから嫌がりはしないけれど。妙な嗜好を覚えた祐希が楽しい時には悠太はあんまり楽しくない。呼び寄せた悠太を油断させ、突き飛ばして小さな掃除用具入れなどに詰め込むし、自分も入ってくるし、扉も閉める。楽しくない。キィィ、ガタン。錆びた安っぽい鉄の薄い戸が祐希の背中を押して、悠太との距離を最小にした。両腕で囲われる。
「悠太捕まえたー」
傾けば倒れそうな安定性の無い軽い箱。仕方ないから悠太も祐希の体に手を置いて支え合った。痛い思いをしたくなくて、仕方がないから。
「ずっとここに閉じ込めちゃおうかな。そしたらオレだけのゆーた」
「何それやだよ…こんなとこ」
「え。もっと綺麗なとこなら閉じ込めていい?」
「そういう意味じゃないよ」
箱の中は暗いけれど、祐希の頭の後ろ辺りにいくつか並んだ横線の隙間から明かりが差してきていて、彼の楽しげな顔がわかった。きょろきょろとして、肩幅より少し広い壁をノックしている。ゴンと鉄が叩かれて低い音が鳴った。
「狭くて秘密基地みたい」
「ああ…うん、そうだね」
「懐かしいよね」
「…うん」
祐希の手が悠太の手にやんわりと絡んだ。
「暗いとえっちな気持ちになりますね」
「祐希だけです。早く出して」
「早く出してだなんて…悠太くんエロすぎ。そんなに出して欲しい?」
「もうほんとに出ようよ、この中危ないよ。動くと倒れそうだもん」
「しょうがないなあ。ちゅーしてくれたら出してあげる」
ため息をついて悠太は祐希の唇に唇を合わせた。祐希はその腰に腕を回して、もう一度啄もうとした。その唇が止まる。
話し声が外から近付いて来たのだった。それも2、3ではなくて数えきれないほどの人数の物。ふたりで固まって、瞬時に聴き耳を立てた、のも遅く、教室のドアが勢い良く開けられた音。それに次いで、大勢の女子の明るい話し声が室内に溢れ、足音が溢れた。
息を潜める祐希が後ろの隙間からちらりと外を見る。体育を終えた女子達が笑い合いながら着替えを始めていた。躊躇いなく服を脱いでいく、18歳の女の子の群れ。
ここから逃げようにも死角はない。あまりに無防備だ。祐希の背中の扉にちょっと力を入れれば、まるで戦場に丸腰で放り出された兵隊のように心細く惨めな思いを強いられ、数時間後には彼女らの敵として噂が広まり、平和な学生生活に修復しようのない亀裂が入る。
自分のクラスの女の子達が体育の授業から帰って来ることを、悠太は忘れてはいなかったが早過ぎる。祐希と目を合わせて困った顔をした。同じクラスの男子は今視聴覚室でビデオ鑑賞中で、自習のところを祐希に連れ出された。隣の3組では東先生があの柔らかい声で紀貫之を読み上げている最中だ。
祐希がついと悠太のブレザーを引く。なにかと思うと、祐希の口が小さく動いた。
「見ちゃ駄目」
「…………」
見てないよ、の意味を込めて悠太が首を振る。位置からして見えない。
「見たのは祐希でしょ」
「オレは良いんだよ。でも悠太は駄目」
「なにそれ」
「オレは悠太の裸にしか興味ないもん。それ以外人参に見えるから」
「それ問題だよ」
ぼそぼそとした言い合いは箱の外の高い声に遮られた。
「さやちゃん胸おっきいー」
はしゃぐ女の子達の可愛らしい戯れ。そしてじいと悠太のシャツの向こうに目を凝らす祐希。を睨む悠太。
「…………何考えてるの」
「……悠太の胸は小さいね」
ここに要がいたら力の限り祐希をはたいてくれるのに。でも中に3人は入れない。
「あたしも大きくなりたいなー」
「揉むとおっきくなるって言うよねえ」
「あれさぁ、自分じゃなくて誰かに揉まれないとダメだって」
えーっ、やだあ、きゃっきゃっ。
そんなお花達の声を聴きながら、悠太は祐希の視線に耐えきれずに顔を逸らし、この逃げられない箱の中で悪い未来しか見えない目を閉じてしまいたかった。
祐希の手のひらが悠太の身体を這い上って、胸を触ってきゅと掴んだ。
「オレが悠太のむねおっきくしてあげる」
「…………いらない」
声を圧し殺した。
気付かないふりをしていたが祐希は阿呆ではないだろうか。勘違いをしているが悠太は男の子だから、どうにもならない。暗くて狭い箱の中で密着して体に触られたって妙な気持ちになったりはしないのだ。
祐希の細い指が胸の先を擦って、摘まむ。んっ。不意打ちに声が漏れた。薄暗い中祐希の目だけが怖い物の様に光った。口を手のひらで覆われた。ぷちぷちとシャツのボタンが外されて、突起は転がされる。ん…、…ん。くぐもった声を耐える。耐えると震える。震えるとちゃちな箱は揺れる。揺れるとバレる。バレるとどうなるかは悠太には想像がつかない。昨日もたくさん触られた。触られなかったところが無いくらい触られた。思い出してしまいそう。その先のことも。
悠太はゆるゆる首を振って邪な手を掴んだ。
「なに」
口を塞がれているから何も喋れない。
「こっちがいいの?悠太のえっち」
祐希は膝を使って下腹部を押した。腰がびっくりする。そのままぐりぐりと動かして意地悪をする。「ふっ、…んんっ…」手がそこに下りた。
我慢も捨てて祐希の肩を掴む。渾身の力で引き剥がした。
「―…もう、やだ。オレ出るから」
「駄目だよ。外まだ人いるよ」
「知らない。祐希に変なことされるよりましだよ」
「悠太、待って、怒んないで。怒るのやだ」
「…だったら、何で、こんなこと……」
突っ張った腕の力も十数秒の命だった。情けなくて保たなかった。すぐに祐希に捕まった。おまけに腰に置かされた。
祐希は遊んでいるだけなのだ。そして高校生らしくいやらしいことをしたいだけだ。でもわざと意地悪い時と場所を選ぶから、悠太は恥ずかしい。それを見て祐希は楽しんで、悠太は何でいつもおもちゃ扱いなんだろうと思うのだ。
室内の人の声は未だ止まないのに。
「……ばれたら祐希のせいだから」
「いいよ、ばれても。オレが悠太を守ってあげる」
意外な台詞に返す言葉がわからなかった。祐希は悠太を宥めるようにちゅ、ちゅっと唇を吸った。悠太の考えていることなど分かっているとでも言いたげだった。
「こんなことするの好きだからだよ。好きだから可愛い、悠太が」
だったら脚の間に置き直したその手を放してもう恥ずかしい思いをさせないで欲しいと、言っている。





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