/3人デート



ゆっきーはオレを喜ばす天才だった。
冷たそうに見えるけどすごーく優しいんだって知ってるのはクラスでオレだけなのが誇らしい。学校帰りに遊びに来てよって誘えば口では嫌がりながらも部屋に来て一緒にゲームをしてくれるのが、ゆっきーとの思い出日記帳をつけ始めたいくらい嬉しい。乙女みたいだと言われたって構わない。ゆっきーに惚れてた。茶色の睫毛、エロい薄い唇、千鶴、って呼んでくれる音色、歩幅、セーター、メールの返信が一週間遅れたって、全部が好きだった。悪戯で抱っこされた日は弁当が喉を通らなかった。一緒にいる時間が一番生きてる気がした。この為に今日も朝起きたって。桃色のハートが体の中心でいつもぷるぷる震えてた。
オレのより一回り大きいゆっきーのローファーを睨んでいた。玄関に向かう、外に出る、ああ、待って、待って。
「ゆっきーっ」
「ん」
ローファーが止まった。
「日曜、遊びに行こう!」
「いいよ」



くわえたストローの先から空気が出て来て、底に残った少量のソーダがぷくって鳴った。透明の気泡に押し出された氷はコップの内側にぶつかってカラカラ動いた。
「こら、お行儀の悪いことしないの」
逆さに並べられたカップを持ち上げ、取っ手に指を通して、ポットから珈琲を注ぐゆうたんの所作は流れるようで品がある。とぷとぷ、カップの水位が上がって、湯気の立つ黒い湖が出来上がる。ソーサーに乗るミルクとスプーン。オレはべたべた着色料と砂糖の味のメロンソーダ。
こういう仕草からは心理状態が読み取れるだろう。オレはふて腐れているという訳だ。
「悠太に怒られてる。ずるい」
うなじがヒヤッとした。コップが手から飛び出そうになった。振り返ると押し付けられたコップの底が目の前だ。ゆっきーがその向こうに見える。
「あっぶねーな、もーっ、溢しちゃうでしょーが!」
「千鶴が勝手に悠太に構われてるからだよ」
「ほんとゆっきーはめんどくせーよね。よく相手したげてるねー、ゆうたん」
「ね」
「あー、ふたり共いじめる。オレのこと大好きなくせに」
「はっ!?な、なに言ってんの!」
「なに言ってんの祐希」
「……」
何故かって?


映画館の席順を決めるのに何分かかっているのかというと、もうすぐ5分。ゆっきーはゆうたんの隣がいいし端がいい。オレもゆっきーの隣がいい、けど、それは黙っておいて、何でもかんでもゆっきーの思い通りも腹が立つから待ったを入れた。そうして端の取り合いになったのだった。じゃんけんの意味がない。
「千鶴が負けるの何回目なの。いい加減諦めなよ」
「ゆっきーだって半分負けてんだろ!ゆっきーが諦めてよ」
ゆっきーはゆうたんを真ん中に置きたいらしい。何故かって、知らないおじさんの隣に座らせたくないでしょ、って耳打ちされた。知らねえ。「悠太が暗闇で手でも握られるようなナンパにあったらどうするの?」「んなことすんのゆっきーしかいねーから大丈夫だよ」「いやわかんないよ。しょっちゅう声かけてくるもん。女子大生とか」「だったらゆっきーが奥行けよ、守ってやれよ!」「いやだからオレは廊下側」「オレがそっち!」
飲み物やらポップコーンやらを買いに行ってくれていたゆうたんの一撃で喧嘩は終息を迎えた。
「オレが端に座ります」
希望の通りにポップコーンにはバターがかかっていて胃袋が喜ぶ。ゆっきーは大人しく真ん中に座った。オレはゆっきーの隣ならどこだって良かったから構わない。始まった映画はサスペンスだけれど明るく笑いが入るようなやつで楽しんで鑑賞していたけれど、横でチュウなんてやられるから気を取られて仕方なかった。ゆっきーが選んだのに。ちゃんと観ろよ。これはせめてオレがおじさんの隣で良かったと思う。後ろの人にバレていないだろうか。すみません、うちの浅羽兄弟が。
後でゆっきーに映画の感想を聞いてやる。ゆうたんに夢中であんまり覚えてないって言うであろうゆっきーを思い切り笑ってやる。
肘掛けのゆっきーの手をつねってやった。「いたっ」とかゆっきーはちっちゃく言って、じいっとオレの顔を見詰めて、ほっぺをつねってきた。それが優しいから余計に悔しい。脇腹をつついたり、また反撃されて、くすぐったり、気付けば楽しくて笑ってた。


ゆっきーは馬鹿だ。オレからしてみたらおおばかだ。
デートのつもりだったから、これはデートでいいのだ。頭の中だけで自己流に解釈しようが誰にもわからないのだからいいのだ。いいよと許してくれて蝶みたく舞えるほど高揚した気持ちを当日待ち合わせ場所で一気に突き落としてくれる、大好きな大馬鹿さんだ。ゆっきーは勘違いをしている。オレはゆっきーが好きだが、これはゆっきーがゆうたんへ抱いている好きと同じそれなんだ。
ゆっきーの隣を歩けて嬉しい。ゆっきーはゆうたんの隣を歩けて嬉しいだろ。それ恋だよね。それと同じなんだってば。言ってやりたい。ゆっきー、オレの隣だけを歩いて欲しかった。




なあ、オレ。
お願いがあるんだ。
ゆうたんに。
ゆっきーのこと解放してあげて。
お願いゆうたんこのままじゃゆっきー可哀想だよ。七夕の夜、天の川の下でゆっきーが短冊に書いてた願い事知ってる?出来もしないケッコンなんか本気で夢見て可哀想でならないよ。そんなゆっきーを見詰め続けるオレの気持ち考えたことあんの?
オレにはゆうたんの気持ちは分からない。ゆっきーに愛されてる人間じゃないんだから。ゆっきーの幸せを願うことより、ゆっきーに愛されることが、ゆっきーの為になるのだとは思えない。突き放してあげないのは何で。ぬるま湯に浸かってるなんて似合わないよ。若気の至りなんてのも似合わない。目を覚まさせてあげて。見ていられない。
ゆうたんにしか救えない。オレじゃゆっきーを救えない。



漫画を借りるのを忘れてたとゆっきーが言うから、楽しくてやるせないデートの終わりはオレの部屋で迎えることとなった。くつろぐ二人と狭い空間を同じにしてもオレの決心は揺らがなかった。自分の部屋なのに立ちっぱなしでぎこちなく固まって、オレの方が身の置き場の無い客のようだった。
「もうやめたら?」
意味とオレの本気をすぐに察したゆっきーはゆうたんに話しかけていたのをぴたりとやめて、オレを見つめ返した。その反応から、気付いていたのだろうなと思う。全てをかはわからないが、オレが二人を祝福してはいないことは気付いていたのだろうなと思う。
「これから先、どうすんの?」
答えではない言葉を発したのはゆっきーだ。
「悠太、ちょっと外行ってて」
「…何で?」
「いいから出てって」
ゆっきーがゆうたんに冷たく物を言うのが怖かった。そんなことあり得ないのだ。普通じゃないことが起こっているということだ。言い出しておいて事態の大きさに狼狽えた。訳が分からないといった顔で、でもゆうたんは心配そうにオレを見て、出て行った。
「どういうつもり」
ゆっきーの声はいつもとおんなじで冷淡だ。遠い違う部屋から眺められているみたいで、人を落ち着かせない気分にさせる。転がっているクッションを手繰り寄せて、肘を立て頬杖を付いていた。
「そのまんまだよ。ゆっきー、このままゆうたんと付き合うの?」
「このまま」
「いつまで続けんの。高校終わるまで?ハタチになるまで?そういうの、意味あんの」
気付いて。
ゆっきーは馬鹿だけど愚かじゃあない。
ああ嫉妬してるよ。ゆうたんにオレは嫉妬してるよ。こんなに好き合ってるふたりをぶち壊しにしようとする愚か者なんて、オレ1人で終わりにして。
「……ゆっきーの為にも、ゆうたんの為にもならないと思う」
「悠太の為なんか知らないよ。オレがしたいからしてるだけ」
「嘘つくなよ。何よりゆうたんが大事なくせに」
「嘘じゃない。オレ自分のことしか考えてないよ」
「……………おかしいよ…」
「……おかしいね。悠太が好きなのに、あの子がもう嫌って言ってもきっと望むようにしてあげられない」
ゆっきーを傷付けたくなかった。嫌われるのはほんとに構わないんだ。ゆっきーのことを想うと。こうするしかないって思ったんだもん。
きれいな女の人と恋人同士になって、結婚する。幸せを掴む。そんなゆっきーはきっと世界中で誰よりも格好良い男の人になっている筈なのに。
でも傷付けたくないとか言いながら。もし二人を引き離すことになればゆっきーが傷付くのは当たり前だ。それどころか愚かの二乗じゃないか。ゆっきーにこんなことを言わせるだけだと知りながら掻き回した。オレは英雄じゃないから何も出来はしない。
オレは何をしたかった?
「……じゃあさあ」
「ん」
「何でデートについてくの良いって言ってくれたの」
「別にそんなのじゃないよ。オレが悠太も来てって言っただけ。休みなんだから一緒にいたいし」
「…オレの言ったことなんか断ればいいじゃん」
「そういうことすると悠太が悲しそうにする」
「………ゆうたん馬鹿だなぁ、ゆっきーは」
「まあ」
「好きだ、ゆっきーが」

何にも言わずにクッションを顔に押し付けられた。泣き顔は見られたくないでしょ、ってこと?ゆっきーどこの少女漫画の人?
おかしいとか。誰々の為にならないとか、言い訳だった。結局これが言いたかっただけなんだ。好きが叶わない苦しさを、ゆっきーのせいにしてぶつけた。関係無かった。ゆっきーが兄を好きでも、オレは嫌いになんてなれなかったんだから。





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