怨讐のゆくえ

母が死んだ。

何故?

父に、死を賜ったから。

真昼の光がさんさんと照らす母の部屋の床にべたりと座り込み、僕は虚空を見つめていた。

気づけば葬儀も埋葬も済んでいた。

涙は出ない。

もう涸れてしまったのかもしれない。











冷たい雨が窓に打ち付けていたあの日…僕が息を切らして部屋に駆け込んだ時には、既に母は冷たくなっていた。

頭が真っ白になり、浅い呼吸しかできなかった。

「ははうえ」と繰り返すことしかできない僕の背中に父は乾いた嘲笑を投げた。

僕が情けなく泣きながら「貴方を絶対に赦しません」と言えば、嘲りを顔に浮かべたまま言った。


「だから何だ?お前には私を罰せる地位も、ましてや殺す度胸もありはしない。」


そして、こう吐き捨てた。


「立場を弁えろ 腑抜けが。」















実際、父の言うことは間違っていないのだ。

母の仇を討ちたいのに、僕には地位も勇気も足りない。
そして、きっと真っ向から挑んだって僕は父に勝てないだろう。

とてつもなく悔しくて、同じくらい憎かった。

母を死なせた父が。

復讐も果たせぬ己が。

激しい無力感に思わず呟いた。


「僕なんか…死んでしまえ……!!」








「あら、死んでしまったら恨みを晴らせないわ」









はっとして顔を上げる。

部屋には僕しかいない。

しかし確かに、母の声だった。


母は死んだのに、何故か不思議とも恐ろしいとも感じなかった。


母は僕に復讐することを望んでいる…ならばどうにかしてそれに応える方法を見つけねば。

ただ、そう思ったのだ。

考えろ。僕にできる中で最も父に有効な復讐とは何だ?

ふと周りを見渡した僕の目に母の鏡台が映った。

紅や筆など、母の遺品である化粧道具と髪飾りなどが並んだ鏡台。

その横には竹で編まれた大きな衣装箱。


自分の唇が弧を描くのがわかった。



そうだ。僕にしかできない方法があるじゃないか。

命で償わせることも社会的な「罰」を与えることも出来なくとも、あの人の王として、支配者としての誇りならば殺せるのではないか?

深く恐怖心を植え付けることはできるのではないか?


僕は母がよく挿していた美しい櫛と母のお気に入りだった衣服を手に取り、再び笑みを浮かべた。



















墨を溶いた水に髪を浸し、真っ黒に染めていく。

僕の髪は背中を殆ど覆うくらいの長さがあったから染めきるまで時間がかかったが、この後のことを考えるとただ楽しくて苦には感じなかった。

染まりきった髪が乾いた頃合いを見計らい、母の着物に袖を通す。

後ろ髪に手をやり背の方に流して櫛を挿す。

最後に母の羽衣を纏い鏡台に向かって微笑んだ。



我ながら酷く歪んだ笑顔だった。












「今、参ります…曹丕様。」

父の居室に足を向けた僕の呟きは、夕闇の回廊に吸われて消えた。






fin.




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