「ねえ、風丸くん」
「ん?」
ジャパンのユニフォームに着替えていると、小さな声で吹雪に声をかけられた。
いつもなら何も考えずに返答を返すのだが今回ばかりは彼がどこか楽しそうな声音だったから視線を向けた。
「楽しそうだね」
「は?何が」
「いやー、まあ、ね」
歯切れが悪い。俺は吹雪の含む言葉の真意が掴めず自然と眉を寄せていた。
彼の不思議なところはいつものことだから、俺は少しイラッとしたものの気にせず着衣を続けた。





−−−−が。


「”猫”の躾はちゃんとした方がいいよ?…肩、歯形付いてる」
「!!!?!?!」
「はは、大丈夫。うっすらだったから。風丸くんもう着ちゃったし、一瞬だから誰も見てないよ」
吹雪は心底楽しそうに笑った。
俺は自分の頬が熱くなるのを感じながらも、なんだか居心地が悪くて誤魔化す様にちらと周りを見渡した。
他のメンバーはすっかり着替えて各自更衣室から退室しかけている奴が殆どだ。
内心ほっとしながらも、明らかにアドバイスと言うよりもからかった風な吹雪を睨んでやった。完全な八つ当たりだったがそんなの知ったことではない。

「ねえ」
「……なんだ」
「風丸くんの猫、噛み癖あるんだね」
「は?」
「最近構ってあげてないんじゃないの?きっと甘えてるんだね」
「…………」
八つ当たりを全く気にしていない、むしろ更に笑いを堪えている様子の吹雪に苛々が増しながらも相槌を打っていると続く言葉に思わずがばっと顔を向けてしまった。

確かに最近は練習も忙しかったし、とはいえ学生でもあるのだから自主勉やなんかで同じ部屋に一緒にはいても、あまり構ってはやれなかったなと思う。
でも、流石に例えは猫だろ?ヒロトは…猫みたいな性格だけど、猫じゃないだろ。

そんな俺の思考はどうやら顔に出ていたらしい。
本格的に噴出した吹雪に、俺はもう何も言えなかった。くそ、反論出来ない、のが余計ムカつく。
「少し甘やかしてあげたらいいんじゃない?そうしたら噛まなくなるよ」
「…そうなのか?」
「まあ、本当に”猫なら”って話だけどね」
「!!お前、」
「あ、ほら急がないと遅刻するよ」
「おい!待て、吹雪!!」
流石に吹雪には初めからバレバレだったとはいえ、確信を付く言葉は頂けない。
恥ずかしさと焦りやらで怒鳴るように言ってみても彼は全く懲りていないようでさっさと更衣室を出て行った。

「……完全に遊んでいったなアイツ」
羞恥と遊ばれた悔しさとがない交ぜになって熱い頬を手の甲で抑えながらロッカーを背に寄りかかった。
呟いた言葉は誰が拾うこともなく更衣室に消えていった。ああ情けない。
赤い顔そのままでグラウンドへ出るわけにも行かず、俺はそれから暫く更衣室に1人でいるはめになった。



ついでに、今夜は少しはヒロトを甘やかすかとか考えながら。





歯形
(素直に言えない君が俺は)



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