試合が終わった。耳を占領する歓声は未だ止まない。
私は静かに歩を進めグランドから背を向けた。

『控え室に来てくれてよかったのに』
彼の第一声に私は小さな溜息をついた。
オルフェウス対イナズマジャパンの試合後の夜、不意に振動した携帯を取ると相手はフィディオだった。
試合後は大抵チームメイトとミーティングをするだろうと予測していなかった彼からの着信に少しの驚きながらも通話ボタンを押し、片手で携帯を持ちながら読んでいたハードカバーに栞を挟み、彼の声に耳を傾けた。
「そんな訳にはいかないだろう。私は敵チームの、しかもキャプテンだ」
『そんなの関係ない、というか今更だと思うんだけど』
「関係ないことは、って…今更?」
『あれ、気付いてないの?僕のチームのみんなはとっくに知ってるよ。僕と君との関係くらい』
「なっ……!」
『そんなの普通に見てたら気付くよ。僕も否定しなかったし』
「なぜそこで否定し、」
『否定して良かったの?僕は別におかしいことだとも思わないし、チームの皆だってそんなことで軽蔑するような奴はいないし』
「そ、そうかもしれないが…でも、」
『それに僕が嫌なんだ。誰かが君に言い寄ってきたらと思ったら、気が気じゃないし』
すっかり常の冷静さを失い、慌てながら問うても彼はさも平然と言ってのけた。
言い返す言葉を探してみるものの、フィディオのストレートな言葉に何も言えなくなる。
彼のそのストレートさには時折驚かされる。それでも不快に感じないのは、私が彼を許しているからだろうか。

「………まあ、過ぎたことだ。今更違うと言ってみても無意味だろう」
『はは、すっかり慣れたんだ?前のエドガーなら暫くは反論してたと思うけど』
「お前と一緒にいるなら慣れざるを得ないだろう。じゃないと心労で胃に穴が開く」
『そこまではないでしょ!酷いなぁ』
「それより、フィディオ。どうしたんだ、何かあったのか?」
『え?…何って』
「試合後、何かあったんだろう」
「……………」
いつもと変わらない笑い声。
彼は一見何もなかったかの様に振舞っていたけれど、私にはその微かな変化に気付いていた。
彼の性格故か、どうしても何かあると別の話を持ち出す。そしていつもより笑う。
普通だったらたぶん気付かない些細な変化でも、私にはそれは解りやすい位だった。
試合までは見ていた。結果を経て悔しさと充実さ、どちらもあるだろうが、彼がそれくらいで揺れるタイプではないことは解っていたから、きっと別のことだ。
私が去ったあとに、何か。

「どうかしたのか?私が聞いても構わない話なら聞く。言えないことなら流してくれていい」
『いや。…うん、聞いてくれない?』
「解った」
『じゃあさ、窓、見てみて』
「窓?……まさか」
私は彼の含んだ声に急いでカーテンを開け、見下ろした。
そこにいた彼は携帯を持つ手をゆらゆらと揺らしながら笑顔でこちらを見ていた。
「フィディオ!」
『はは、』「来ちゃった」
「来ちゃったっじゃないだろう!!」
「ごめん。言うより先にバスに乗っててさ」
「ったく……仕方ない、今降りるから待っていろ」
「はは、うん」
思わず大きな声が出たことに羞恥心を覚えたが、それよりも彼が無理して笑っていることが、私には気がかりだった。
寮の扉を開け、目の前で笑顔を浮かべる彼を招き入れ自室へ通す。
途中用意した紅茶を手渡すと、話の続きを促した。

「有難う。試合は見てたよね?」
「ああ。良い試合だった。どちらのチームも精一杯戦っていたし、連携もチーム戦も素晴らしかった」
「うん、イナズマジャパンは良いチームだったよ。強いし、何より彼らは皆チームメイトを思って戦ってる」
「そうだな」
窓辺から夜空を見上げるフィディオに相槌を打つ。
どこか、耐えているようにも見える彼の表情に視線を外すことが出来なかった。
「今日の試合でミスターK、いや影山監督と、やっと繋がった気がしたんだ。彼の思うサッカーは間違ってないんだって。彼はサッカーを本当に愛していたんだ、だから僕達は今日とても良い試合が出来た」
「ああ」
「でも、監督が犯した罪は償わないといけない。だから、試合後に警察に連行されたんだ」

彼のチーム、オルフェウスの監督に途中就任したミスターKの話は本部からいくらかは伝わっていた。
彼がイナズマジャパンとオルフェウスにしたことは許されないことであるのも知っていた。
「監督が去って僕らは控え室に戻った。着替えてミーティングをしていて…暫くして、連絡が来たんだ」
「連絡?」
「きっと、今夜か明日にはニュースでも流れると思う。……監督が、事故で亡くなった」
「……!!」
「はっきりとした原因は、まだ解っていない。でも、連行していた警察を含めて」
「フィディオ、もういい。解った」
語尾は小さく掠れ、震える声で話すフィディオに思わず静止をかけた。
聞きたくないというより、これ以上話をさせたくなかった。

私の制止を受けこちらへと顔を向けたフィディオに私が目を見開いたのと、彼の腕が伸び私を抱きしめたのは同時だった。
「っ、フィディオ」
「ね、エドガー。どうしてこうなったんだろう」
「………」
「折角、監督とチームが一体になって、…なのに」
「………フィディオ」
「暫く、こうさせて。今…、エドガーに見られたくない」
「フィディオ」
「…ごめん」
目の前にある彼の肩が震え、小さく耐えるような吐息に何も言えなかった。
静かにフィディオの背へ自身の腕を伸ばした。
それしか、出来ることがない自分に眉を寄せ、抱きしめる腕の力を強め少しでも彼の気持ちが救われるのを、只祈っていた。



暫くしてから体を離したフィディオは、少し赤くなった目をこちら向けた。
その表情がいくらかいつもの元気を取り戻してはいるようで、私は心の中で安堵した。
「ごめん。」
「気にするな」
「あーあ。エドガーにはカッコいい所しか見せないって決めてたのになぁ」
「別に私はカッコいいだけで好きになった訳じゃない」
「はは、なんかエドガーってこういう時に限ってストレートだよね」
「どうせ照れたからってまた誤魔化しているんだろう。今日くらいは素直になれ」
「全部お見通しかー。解ったよ、今日は僕の負け」
いつものやり取りに戻った会話。
その中で彼の雰囲気が少し穏やかになったのを感じ、私は内心ほっとしながら彼の頬を包み込むように触れた。
フィディオは目を見開いて数度瞬いたが抵抗はせずされるがまま、小さく笑みを浮かべ目を閉じた。

「少しは落ち着いたか?」
「うん、ありがとう。エドガーがいてくれて良かった。自分一人だったら胸に溜めたままだった」
「フィディオ」
「ん?」
「私はお前のお姫様じゃないし、なりたいとも思わない。だからカッコいい所だけとか考えなくてもいい」
「!!」
「だから、私の前では無理しなくていい」
「………そうだよね。エドガーってお姫様って感じじゃないよね。うん、だから僕は君が好きになったんだ」
フィディオが目を開け私をその藍色で見つめながら言った愛の言葉への返答は、彼の暖かな唇へ自身の唇を教えてることで返した。
至近距離で見たその瞳は、深く蒼く染み渡った夜空のようで、涙に反射しきらきらと光る小さなそれはまるで星のようだと思いながら。







夜空のそれに似ている
(それはきっと自分だけが知っている)



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