「…フィディオ、お前は狡い。」







いつもの様に勝手知ったるエドガーの部屋で恥ずかしさが滲み出ている彼を半ば強引にベッドに押し倒した所で、絞り出すように発せられたその言葉に僕は動きを止めた。彼は女性の前では余裕ある紳士を気取っているのに、いざ自分とこういう場面になると途端にしおらしくなる。それはそう、まるで初な少女みたいに。それも彼の可愛い部分だと思うから別にどうって事はないけれど、にしても今の言葉と表情にはいつもの照れ隠しとはまた違う気がしたから、動きを止めた。


「それ、どういう意味?」
「そ、それは…」
「それは?何?」
エドガーもいつもなら強引にでも行為を進める僕が話を聞く気になっている事に気付いたようで、でも何故か言葉は続かない。僕は照れ隠しかと思ったけれど、いつまでも続かないそれに少し焦れてくる。気が短いとは思わないけれど、長い訳でもない。

「エドガー?どうしたの」
「…っ、それは、だな」
「言いにくいことなの?」
「いや、」
本気で意味が解らず、顔を覗き込んでみれば益々暖色に染まる頬。ついには口元に手を置かれてしまったので、表情も伺いにくくなる。





「狡いのは、お前の、」
「うん」
「お前の、無意識な部分だ。」
「無意識?」
「そうだ。その、無意識に言う言葉が、狡い」
「言葉…」
やっと言ったと思ったものの、未だ理解出来ない。
自分では別段特別な言葉を言ったつもりはないのに、それを狡いと言わても余計疑問が増すだけだ。

「ねぇ、エドガー」
「なんだ」
「無意識の、どの言葉?本気で解らないんだけど」
「…言える訳がないだろう!」
「でも自分では解らないんだから聞くしかないと思うんだけど?そもそも”無意識”なんだし」
「確かに、そうだが」
「どの言葉?まさかいつも言ってる綺麗、とかじゃないでしょ」
「………」
「……エドガー?」
ついにはだんまりになってしまった。こうなると暫くは聞き出せないから、いよいよどうすべきかと思案を巡らせる。正直言って、今のこの状態をいつまでも続けられる訳じゃない。お互いに自チームを任されている以上はちゃんと纏めないといけないし、何よりサッカーは自分にもエドガーにとっても大事なものだからサッカーにかける時間は譲れない。



そうこう考えを他方に向けていると、不意に襟を引かれた。
気付いてエドガーに視線を戻してみるとどうやら意志も固まったのか彼はしっかりとした視線を向けてきた。普段の彼にしては結論も早い、少し意外だった。
「ん?」
「私が言いたかったのは、お前が部屋に入ってきた時の」
「うん」
「『エドガーの部屋はいつも綺麗だよね。そういう所もエドガーらしくて、僕は好きだな。この部屋もエドガー、君も。』だ。」
「え、それ?」
「………」
予想よりも遙かに違う所をそうだというエドガーに驚いてしまった。その言葉は僕にとっては何ら普通の言葉だったからだ。

「ええっと、それは具体的にどういう…」
「お前は普通に言うが…人にその人の”らしさ”を受け入れて、それを心地よいと思える相手は多くないだろう」
「そうだね」
「でも、お前は私の部屋を普通のことの様に好きだと言った。だから」
「…ああ!そうか!」
「?」
「なんだ、そうか。」
「フィディオ、人の話は最後まで」
「エドガー」
「だから!…、なんだ」
「別に僕は偽善者じゃないよ」
「?」
「だからさ、僕は誰にでもは言わないよ。というか言いたくないし、思わない。」


ーーーエドガー、君は。


「僕はエドガー、君だから言ったんだ。別に僕は凄い人間じゃないよ。」
「!!」
「只、好きな人にはちゃんとそう伝えたいだけ。だから君の思う”狡い”タイプではないかな。別の意味では狡い人間かもしれないけど」



僕の言葉に目を見開く彼に小さく笑みを漏らすと、元から近かった距離を更に詰めて軽く口付けてから彼の綺麗な青を覗き見た。
始めは驚いていた様子だった彼も直ぐに状況を理解した様で、直ぐに距離を作り頬を染めながらいつもの様に怒鳴ってきた。その反応にまた笑みがこぼれた僕に彼は恥ずかしさとムカ付きがあったみたいだったけど、直ぐに取り乱した自身を落ち着かせて僕にこう言った。

「………そうだな。確かに思い違いだったが、狡いことには変わりないな。」
「はは、どうだろうね」
「でも、お前の狡さは嫌いじゃない」
「!」







ーーーー狡いのは、君じゃないか。









【狡さ】
(お前のほうが、)



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お互いにお互いのことを「コイツは狡い。だから僕はお前が好きになってしまったんだ」とかいう、相手のせいだ的恋愛ってあるよなぁと思って。

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