「別れの話」



「……じゃ」


「……うん、」

あの瞬間自分は笑えていただろうか。
シュミレーション通りにちゃんと最後までめんどくさくない優しい彼女でいられただろうか。確かめる術はないけれど笑っていたことをただ本当に強く願う。
貴方が好きでした。
バレーボールを持ったときの嬉しくて堪らないといった子供みたいな表情も、自分にも他人も厳しいところも、自分の気持ちを相手に伝えられない不器用なところも、そんな貴方が変わろうと一歩踏み出したときのあの横顔はきっと永遠に心から消えることはないでしょう。
大好きでした。私の世界は貴方で出来ていた。もうそれも、終わりだ。
振り替えれば、私達は何の繋がりもなかった。キスはおろかセックスだってしたことがない。それで今日まで恋人をやれていたことが今は驚きだ。
恋人、だったんだろうか私達は。
彼は、私を好きでいてくれていたんだろうか。小さくなっていく背中を見つめながらそんなことを考えたら涙が止まらなかった。

「飛雄くん!!」


その答えが今どうしても聞きたくて、
そうじゃなきゃ私はもう立ち直れない気がして。私は彼の名前を叫ぶ。
答えが肯定でも否定でも構わない。
確信が欲しかったんだと思う。この彼と過ごした一年間が私だけのものじゃないという確信が。自分勝手だと思う、彼の気持ちなんか考えてもいない。
すると見慣れたその背中はこちらへ振り返った。
表情は遠すぎて見えない距離。
涙で視界が曇っているから結局見えないんだけれども。声を出そうとしたら喉が乾いていることに気付いた、涙が止まらなくてあ、とためしに出した声は驚くくらい情けない。でも言わなきゃ、ダメだ。
息を吸い込んで乾いた喉を無理矢理開く。
その一言を出すまでに、すごく時間が、かかったと思う。彼はその場で止まったまま私を待ってくれた。その優しさにもう涙がおかしいくらい溢れだす。
そして、私は人生で初めてというくらい
叫んだ。


「飛雄くんは!!私のことが好き、でしたか……っ!!!」


最後の方は震えて声になっていなかった。
聞こえただろうか、伝わっただろうか。
涙と嗚咽を口を閉じて抑えて、彼の返事を待つ。冷めた心臓が脈打つ。
すると彼は数秒間立ち止まったあと、
何故かこちらへ戻ってきた。
スタスタと大股で歩いてくる。
え、と私が呆けている間に彼は私の目の前まで来ていた。表情は彼が下を向いているせいで見えない。意図が読めないというかよく分からない彼の行動に私の頭は混乱していた。彼の顔を下から見上げる。
どうして、なんで、と心のなかで疑問を浮かべていると冷たい彼の手が大粒のわたしの涙を掬った。顔をあげた彼のかおは今まで見たことがないくらい苦痛に歪んでいた。サーブをミスしたときとは違う、苦痛の顔。すると彼は私に腕を伸ばすと自分の胸へと私を抱き寄せた。
腰に手がまわる。耳元に彼の息が触れて、くすぐったい。
どうして、付き合ったときだって抱き締めたりなんてしなかったのに。ずるい、ずるい。まるで期限がすぎた欲しかった物を与えられた気分だ。純粋には、喜べなかった。

「……好きだった、なまえが好きだった。あんたが思う以上に、きっとこの俺の気持ちを言ったらあんたが引くくらいに好きだった。誰にも渡したくないって、本気で思うくらいに好きだった。」

期限のきれたそのお菓子のような言葉は、酷く苦い味がした。忘れられない、味がした。死ぬまでその苦味が舌から消えないくらい衝撃的な味がした。
涙がまた溢れだす。大好きなその背中に手を回す、貴方の体温がした、大好きなにおいがした。
あぁ、彼は私を愛してくれていたんだ。
彼も私もきっと、言葉が足りなすぎた。
それは今彼も気付いただろう。
別れのときにしか本音を言えない。
不器用な、似た者同士だ。
そしてもうひとつわかる、絶対に彼は私とはやり直してはくれない。私を想って、離れようとしているのだと。
本当貴方は頑固だよね、毎回それに私は振り回されてた。この手を取ってくれたら、それだけでいいのになぁ。本当に不器用だ。
振り回されるのも、これで最後か。
私が本気で恋したのは貴方だしきっと多分私はあなた以上に恋するひとは出来ない。
それくらい好きなんだよ。これを言ったら引くのはあなたの方じゃないかなぁ。
あの時、貴方ともう少し話をしていたら、貴方は私に心を開いてくれた?今言った本音を話してくれていて、私達は普通の恋人同士みたいになれたのかな。
もう、遅い。

「……バカ、バカバカ、ふざけ、ないでよ……何で、今になっていうの、バカ、バカ、バカ……!なんで、そんなこと言って、離れていくの……!」

「……」

「……私と、やり直す気なんかないんでしょう?分かるよ、飛雄君、頑固だもん。私いつもそれに振り回されてたもん。いつも自分で決めちゃうんだよね。私のことお構いなしで。」

「……ごめん、」

「じゃあ、最後くらい私の我が儘を聞いてよ。」

「……?」

「今飛雄君が何を想って、私を抱き締めて今何を考えてるのか、教えて。」

彼は驚いたように目を見開いて、そしてポツリポツリと話し出した。

「……離れたくねぇ、なまえが好きだ。
多分ずっと。でもダメなんだ。俺じゃ、なまえをちゃんと愛せない、絶対それでお前はまた、泣く。それは絶対嫌だ。だから離れたないといけねぇ。でも名前呼ばれたときなんか抑えてたもんが抜けちまってよ。
それで、抱き締めてた。」

不器用な彼の素直な言葉に私はもうこれ以上にないくらい幸せを感じていた。
あぁ、大丈夫。私はこの言葉で生きていける。なんて本気で思うよ。

「ありがとう、飛雄くん。
大好き。もう、離して?」

「……あぁ、わりぃ。」

そう呟くと彼は私から腕をとく。
わたしとかれに距離ができる。
そして彼は私に一瞬触れるだけの口づけを落として、今度こそあるきだした。
私もそれに合わせてあるきだす。
涙で歪んだ世界がそのときの私にはすごく惨めに思えた。

あの時私はちゃんと笑えていただろうか。
もう確かめる術はないけれど。
それだけを強く今も願う。
そしてテレビに映る貴方が幸せなことを願って今日も私は一日を過ごそう。

 

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