「言い訳ひとつ」


「はー寒い」

「みょうじ、あんたマフラーは?」

「職場に忘れた!」

「……」

 寒空に呆れのため息が小さく散る。それはほんの少し白く濁った後に瞬きの内に消えた。それを目で追いながら、私は寒さに晒されている肩をごしごしと摩った。隣の彼からの視線を感じるけど、それは見なかった事にして話を続けてみる。

「剣城君も懲りないねえ」

「うるせえ」

 続ける、というかいつもの皮肉を一つ。だから、懲りないが何に対してなのか分かっている剣城君は迷いなく吐き捨てた。我ながら意地の悪い事をしている自覚はある。それでも、このやりとりをしておかないと不安なのだ。

 子供の剣城君にはきっと分からない。でも、子供の剣城君の気持ちも大人の私には分からない。

「最近何か変わった事あったか」

「相変わらず漠然とした質問だなあ」

「聞かねえと答えないだろ、あんた」

「それは否定出来ない!」

「否定しろバカ」

 話を逸らす為に、寒いなあ、ともう一度呟くと、平然と自分のマフラーを外そうとするものだから必死に止めた。こういう何気ない彼の優しさが私は、とても苦手で。けれど、それ以上に嬉しくて。

「今更遠慮してんじゃねえよ」

「ぐえ」

とか考えてたら、私の首は彼のマフラーでぐるぐる巻きにされていた。圧迫感に潰れたカエルみたいな声が漏れる。そんな私の顔を見て剣城君は年相応に笑う。

「ははっ、すげー声」


そんな風に笑ってみせるものだから。

私はいつまで経っても、重なったこの手を離せないでいる。

そんな酷い言い訳を、ひとつ。


 

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