「ナンパから助けられる話」


“うわあ…“と思わず心の声が口から滑りそうになって、身が縮こまった。

 ナンパとかする人本当にいるんだなあ、と当事者なのにどこか他人事の様な心境のまま、道を塞ぐ目の前の男性を見上げる。居心地の悪さに視線を逸らせば、男性の背後にはコチラを見ながらニヤニヤと笑う2人組がいた。もしや、仲間?友達?だろうか。

そうだとしたら、この人を上手くかわせても、あの2人に捕まってしまうんだろうか。考えた瞬間、縮こまった体が今度は強張ったのを感じた。

 カルデアにいる男性は、みんな紳士的だった。私が嫌がる事はせず、こんな下賤的な振る舞いはしない。だからこそ、今自分に向けられている感情も、欲しているものも分からなくて、ただ、ただ怖い。どうしよう。走って逃げれば追いかけてこないかな。

「ちょっと、聞いてる?」

現実から逃避する様に、目を閉じたところで肩を少し乱暴に掴まれた。また目を開けば、苛立った表情の男性がいる。どくり、と心臓が嫌な音を立てた。

反射的に一歩身を後ろに引いた時、

「ああ、聞いてるよ」

もう片方の肩を優しく掴む手があった。

「あ、」

「いや待たせたね。でも指定した待ち合わせ場所にいない君も悪くないか?この辺に慣れてないって言っておいただろう。というか、今日はその案内してくれる約束だったじゃないか。」

「え、」

「こんな事なら、待ち合わせじゃなくて最初から一緒に行けば良かったな。いや、それじゃつまらないな。うん。じゃあ、やっぱりこっちで正解だ」


 背後から現れたその人高杉さんは、目の前の男性の存在なんて認識していない様に私だけに話しかける。そして、その話は言葉を挟む隙間もなく続いていく。いや、作らせないようにしている気がした。確か少し前に勢いのある弁舌で交渉相手を困惑させたとかなんとか、本人から聞いたことがある。

“やっぱり一度相手のペースに乗らせたらおしまいなんだよな、交渉なんてのは。いやあ、あの時の外人の奴らの顔は傑作だった!というか、外人相手に日本の古事記語ろうと思った僕の発想力凄くないか!?我ながら面白すぎるだろ!”

ああ、そうだ。こんな感じでじゃない!
回想から現実に意識を引き戻す。恐る恐る男性の方を見やると、唖然とした表情していたけど、数秒の後先程よりも強い苛立ちの表情に変わっていく。

 一方、高杉さんは見えていないのか見ようともしてないのか、本当は気づいているのか。さっきからずっと変わらないペースで私に話しかけ続けている。え?なんですか?
インスタ映えする3段重ねのアイスが食べたい?

「ところで、話は変わるが、何処から案内してくれるんだ?
実は僕なりに目星はつけていて、出来ればあっちの方にある建物に

そう、じゃない!

「おい!なんだお前!」

とうとう、男性が高杉さんに向かって声を張り上げた。眉は吊り上がり、眉間には皺が集まっている。大きく見開いた瞳は、完全に怒りの色に染まっていた。

「は?なんだ、まだいたのか。お前。」

けれど、それは高杉さんの一声で、一瞬で崩れた。空気が変わるのを肌で感じた。背筋が凍ってしまうような、冷たく淡々とした声だった。私は知っている、この声は。

高杉さんが心から“つまらない”と思った時に出す声だ。

「逃げる時間やったんだから、僕の気遣いに感謝して黙って回れ右しておけよな。」

やれやれ、とわざとらしく両手をひらひらと振りながら、高杉さんが私と男性の間に入ってくる。心配と困惑を顔に滲ませながら、視線を合わせると、綺麗なウインクで返された。違う、そうじゃないです。

ああ、この人は全部分かっている。でもだからこそ、次に何をしでかすか分からなくて怖い。高杉さんの世界は、基本的に“面白いかつまらないか”の2択だから。


「一応聞いてやるけど、僕の連れに何の用だい。ああ、言っておくが、ナンパとかクソつまらない用事とかだったら

「ちっ!」

「おい、人の話は最後まで聞けよ。マナーのなってないやつだな。遮るのが得意な僕が言えた事じゃないが。」

「………」

「思っていたより張り合いがなかったな、つまらん。というか、展開がテンプレートすぎるだろ。一周回って面白く思えてきたぞ。」


はあと大袈裟なため息をつきつつも、高杉さんはその場から動かず、逃げていく男性とやっぱり仲間だったらしい後ろの2人を見送る。その事に安堵した瞬間、体に張っていた余計な力が一気に抜けていったと思ったら、今度は“怖かった”という漠然とした感情が顔を出してきた。

ていうか、本当この人の世界は面白いから面白くないかなんだな。私の心境なんか知らずにまたベラベラと話し出した高杉さんに何か言おうとして、でも恐怖が勝って言葉が上手く出てきてくれない。

「……君は変なやつだな、ナンパより怖い目なんて散々遭っているだろうに」

「……」

それとこれとは違うんです。
言葉が出ないから、代わりにちょっとだけ睨む。そうしたら、逆に涙が滲んできて、自分でも驚いた。

「え?ここで泣くのか?おいおい、助けた僕が悪者みたいじゃないか。」

涙で歪んだ視界が黒く覆われる。目に優しく何か布のようなものが触れている、ああ、これって高杉さんの袖だ。涙を攫うように一撫でした後に、視界が晴れていく。まだ少しぼやけているものの、どんな表情をしているかは分かった。

 心配しているような、焦っているような、そんな複雑な表情で私を見ていた。

認識した瞬間、ぎゅう、と心臓の奥が優しくない何かに押しつぶされる。ズキズキとした痛みが残って、さらに涙が溢れていく。

「女を泣かせるのは居心地が悪い。でもこれ、僕が悪いのか?悪いのはさっきの奴らだよな?やっぱり一発飛び蹴りでも決めときゃ良かったか?その方が面白みはあったよな。」

「それは、やめてください」

高杉さん喧嘩強そうだし、3人相手でも負けはしないだろうけど、絶対に騒ぎになってしまう。警察になんて出てこられたら、身分証もない私達は絶対交番まで連れていかれてしまう。藤丸君達と合流どころの話じゃなくなる。

「君もナンパなんてされてるなよ。また幽霊みたいに消えたと思ったら、僕以外の男に捕まりやがって」

 高杉さんはもう一度裾で私の涙を拭うと、拗ねた子供みたいに、唇を少し尖らせた。

いや、それより。僕以外の男に捕まりやがって、って。

「……なんですかそれ」

「僕が一番最初に君を見つけたかったんだよ。あーもう、これくらい分かれよな。」

ふと、思い出の中のある光景が頭をよぎった。1ヶ月前に夏祭りが行なわれていた特異点に行って、私は迷子になって。高杉さんは今日みたいに同行していたサーヴァントの誰より先に私を見つけてくれたのだ。


「なんだよ、その拗ねた顔。」

「その言葉そっくりそのままお返しますよ、社長」

「おっ、調子が出てきたじゃないか。よし、行くか!」

「えっ、」

恨みがましく大きくため息を吐こうと思ったら、右手の隙間に何かが滑り込んだ。視線を落とそうとするより前に、その手を重なった高杉さんの手によって上に引かれる。

「泣いた後はぱーっと遊んでバカみたいに笑うのが一番だ。いった!?おい!なんで急に背中叩くんだよ!?僕今回はマジで何もしてないだろ!むしろ、悪役どころかヒーローだっただろ!

こんな事なら、三味線でどついた方が面白…いって!ああ、もう全部冗談だ!だから叩くな!マスター!」





 

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