「見つけないで、見つけて」



※天馬君が3年生の先輩設定です。


松風先輩はいつも誰にでも優しい。

実力もあり、優しく大きい性格もあって、多分サッカー部で先輩を嫌っている人はいないんじゃないかと思う。

聞くところによると、
1年生の時からもうキャプテンだったらしい。それには複雑な理由があったらしいけと、その後もずーっとキャプテンを務めている事から当時から信頼を寄せられていたんだと思う。容易に想像出来た。

松風先輩を見ると、こんな私でも頑張ろうと思える。例え背伸びでも、気持ちを込めて、マネージャーの仕事をしていきたい。

……少しでもこっちを見て欲しい。

でもこれは、私個人のやましい気持ちだ。
身勝手な、高望み。恋心。それを分かっているから、今日も息苦しくても胸にしまい込んで、マネージャーとして頑張る。

勿論、頑張る理由はこの恋心だけじゃない。

元々先輩達のサッカーに惹かれて、勇気を出して入った。恋をするなんて、本当に思ってなかった。


「お疲れ様!」

松風先輩は周りを本当に見ていて、後輩のみんなに平等に優しい。でも、ある時思った。

疲れないんだろうか。って。
気を遣うのは、苦しい時だってあるはずだ。

それから、私は松風先輩の顔色を注意深く見る様になった。勿論、バレない様に。


このまま何も出来ず過ぎていくんだろうと思っていた。でも、なんの偶然か言う機会が訪れた。


その日の松風先輩はいつもと違った。
いつも通りの笑顔ではあるけど、気のせいかと思うくらい、ほんの少しだけ。影がさしている気がした。気づいた瞬間胸の奥がざわざわとして、嫌な予感が蠢き始めた。

「……ま、松風先輩」

「ん?どうしたの?」

キャプテンである松風先輩は監督から渡された練習メニューを確認する為に、途中でコートから抜ける時がある。今日はたまたま監督は用事で後から来る事になっていて、私以外のマネージャーの先輩達は、それぞれ別の作業で席を外していた。流石に誰もいないのは、という事でグラウンドには後輩の私だけが残っていた。


私が代わりにやりますと申し出たものの、いつもやってもらってるからたまには、と押し切られてしまった。

まるでお膳立てされた様なシチュエーション。それに背中を押されて、私は勇気を出して練習メニューの書かれたボードを片手に唸っている松風先輩に声をかけた。

…んだけど。


「あの、えっと、」

声をかける事を第一としすぎて、何を言おうかは考えていなかった。それを終わった後に気づいて、目の前の松風先輩は静かに私の言葉を待っていて。

居た堪れない気持ちと何か言わなきゃという使命感で心臓がはち切れそうになった。松風先輩の表情がどんどん心配の色に変わっていく。

でも、言わないと。


「松風先輩、疲れてませんか」

「……え?」

「な、生意気言ってすみません!
間違ってたら本当申し訳ないんですけど、
い、いつもと違って見えて。

私、松風先輩凄い人だと思って、ます。
元気貰ってるし、でも、だからこそ。

本当に心配で、」

それ以上は言葉にならなかった。松風先輩はぽかんとした顔で私を見ている。その顔を見て、何を言っているんだろうと的外れな自分を自覚して、穴があるなら今すぐ埋まりたい気持ちになった。

丁度先輩達が戻って来たので、私は逃げるように駆け寄った。だから、その後松風先輩がどんな表情をしていたか分からなかった。


「天馬?どうしたの?
嬉しい事でもあったの?」

「え、ああ、うん。
嬉しいの、かな。」

「?」






「はああああ……」

誰もいない部室で肺の空気を全て吐き出すくらいの重いため息をついた。今日の鍵当番は別の人だったけど、譲ってもらった。この部室で気持ちを整理したかった。

あれからずっと、松風先輩の顔が見れなかった。それでも、頭の中ではあの時の先輩の顔が壊れたフィルムみたいに延々と上映され続けていた。

「……松風先輩の顔あんなに見なかったの、今日が初めてかも」

なんか言葉にしてみると、ストーカーみたいだな。こんな呟き誰にも聞かせられな、

「そうなんだ」

・・・。

「え!?」

「今日もお疲れ様

「……」

振り返ったほんの数メートル先。そこにいたのは松風先輩だった。人生で初めて昏倒しそうになった。事態を理解する。

足を後ろに引く、でくちへむかう。

「え、なんで逃げるの!?」

「ごめんなさい!」

「君は何も悪い事してないよ!?」

「調子乗って、ごめんなさい!
もうあんな事言わないので!」

「え、言ってくれないの!?」

「え?」

「あ、言っちゃった」

恐る恐るまた振り向いてみると、えへへと頬を掻きながら照れくさそうに笑う松風先輩が
さっきよりも近い距離にいる。さっきの言葉とその表情がうまく結びつかなくて、混乱した。顔が堪らなく熱いせいか、いつも以上に思考回路が働かない。

「松風、先輩?」

「うん?」

「なんで、ここに?」

「同学年の子に居場所聞いたら、部室の鍵当番変わったって言うから。」

「へ?」

「んーと、話したいなって思って?
あれ、違うかな?」

「か、からかってます?」

「ううん、凄く真剣。

さっき心配してくれただろ?
気づかれない様に頑張って隠してたつもりだったんだけど、君に見つかっちゃった。」

「差し出がましい事を言ってすみません!」

「えーとね、ううん。逆。

先輩としては頼りない話だけど、
心配してくれて嬉しかったんだ。」

松風先輩の手が私の手を上から優しく握りしめる。

「君って凄く周りを見てるんだね。
それに気づけて、良かったな。
ありがとう。」

違います、そうだけど、そうじゃない。
どうしてそんなに優しいんですか。

「それは、こっちの台詞です」

「え?」


「だって、あの日。」

何かしたくて、今やる必要がないのに、
練習が終わった後も勝手に残って、ボール磨きをしていた私を見つけてくれたのは

松風先輩じゃないですか。

「……なんか、叶わないなあ」

「あ、えっと、今のは……
本当の気持ち、です」

否定するのは違う気がして、でも胸を張って言うには私はまだそこまで強くなくて。


「やっぱり、良かったよ。

今日見つけてくれたのが君で。」

ぎゅう、と私の手を握る力が強くなる。顔を上げると、松風先輩は蕩けそうな笑みで私を真っ直ぐに見つめていた。私もそれに釣られる様に笑った。

本当に狡い人を好きになってしまった、と
ほんの少し後悔しながら。



「卒業おめでとうございます」

校舎裏の桜の木を1人でゆらゆらと眺める松風先輩に声をかける。私が来るのを分かっていたように、先輩は特に身を縮こませたりもせずにゆっくりとこちらに振り返った。私たちの間に春風が私には冷たさを、松風先輩には暖かさを運んでくる。吹き抜けていった場所がまるで境界線になった気がして、私はそれ以上動けなくなった。


「ありがとう」

よくここが分かったね、とか。そういう言葉は言わなかった。

多分そんな言葉は私達には必要ないのだ。
とても、悲しい事に。

「こっちにおいでよ」

松風先輩は子供を誘導する大人みたいな、甘くて優しい声で私を自分の隣に誘う。それに乗ってしまったら終わりだという確信があった。
そんな行動、それこそ子供にだって簡単に出来る。

「いえ、ここがいいんです」

精一杯、を吊り上げて、笑う。でも多分、綺麗には笑えていないと思う。松風先輩はそんな私を見て満足そうな笑顔を浮かべた。それだけで、私も満足になれそうな気がした。

「君は俺を見つけるのが上手いね」

私達の間のたった一つの事実を、目を伏せて
まるで思い馳せる様にじっくりと声にする。
でもきっと、それは一瞬の事で。これから松風先輩の心でもう二度も再生される事はないんだろう。悲しんだらいいのか、喜んだらいいのか、敢えて太陽の光を避けてきた私には分からない。

「それが俺、本当に嬉しかったよ」

私の夢は今ここで過去形にされた。知っていた、理解していたのに。泣きそうになる。好きだと叫びたい。けれど、叫べばきっと松風先輩は私に気を遣う。それだけは死んだって嫌だ。でもこのままは悔しいから。

あの日の様に、勇気を振り絞って。


「天馬先輩」

え?」

「どういたしまして!」

これまでの感情を全部込めて、殴るくらいの勢いで声を張り上げて、言った。私の頬にはいつの間にか涙がぼろぼろと止めどなく流れ落ちている。拭う気にはなれず、ただ目の前の好きな人を見つめ続ける。

松風先輩の腕が私の腰辺りまで持ち上がって、でもそれ以上は動かず、だらんと落ちた。

「……叶わないなあ、」


この人を好きになって良かった、と良い思い出に出来る日はきっと来ないだろう。

でも、その照れくさそうな笑顔は目に焼き付けておく意味がどこかにあると思った。




 

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