罪悪感の刃


自己防衛とはいえ
初めて人を殺めてしまった夢主と
それを寸前で止められなくて
死ぬ程後悔する一ちゃんの
話が書きたい

という欲望から出来た話です。
夢主は名前表記はありません。
簡単に性格を説明すると、
純粋に真面目過ぎる女の子。




元々彼と同じ様に一般人。

時間軸的には
アナスタシアの少し後。

この話の最初の場所は何処なのかという
ツッコミは…しないで…。








突き刺した刃は、
確かに相手の体へと届いた。


刃ごしに伝わってくる
その、肉を斬る感覚に、
心の何処かで何かが割れた様な
そんな醜い音がした。

相手の瞳に映る私は、
まるで死人の様な顔をしていて。

なんて、情けなくて、
酷いんだろうと思った。


それを引き抜いた瞬間、
雨の様に私の顔に降り注ぐのは
紛れもなく
もう見慣れてしまった赤だ。

涙と一緒にそれが頬に
伝っていく感覚が
本当に気持ち悪くて、
奥から吐き気が込み上げてくる。

倒れたその人の瞳は、
虚無で固まっていた。

何も、映らない。

そこで完全に生き絶えている。

ああ、
この人が死んで、
結果、今私はここに生き延びた。

当たり前な、事なのに。
もう駄目だ。
戻れない、そう。


私が、殺したんだ。

「あぁ、ぁ」

ナイフを持ったまま
頭を両手で抑える。

さっきよりも強く、
鉄に似たその匂いが香った。

座り込む事は、
してはいけないと思った。

そうすれば、全てが
終わってしまう様な
そんな予感がしたのだ。

「しん、だ。
人が、私がこの手で、ころ、した」


この人だって、
私と同じ人間なのに。


同い年くらいの、少年なのに。
本当は、きっと、
幸せになるべき人なのに。

私が、未熟だから。
この人にかかった洗脳魔術を
解けなかったから。

この人には
何の罪もなかったのに。


采配を間違えて、1人に
なってしまったから。

みんなを頼りきれなかったから。
そんな微かな甘さが、
ここでは死へと直結する。

心の何処かでは
分かっていた事なのに。

《私、こっちを見てくるね》

そう言った時、
彼が一瞬見せた
あの心配そうな表情が
頭をよぎる。


誰かが側にいてくれたら、
きっとこの人を
殺さずにいられたのに。

「ごめ、なさ」

もしかしたら。


両親に望まれて生まれてきて、
前の私の様に
穏やかに何の不自由なく
生きていた人かもしれない。

もしかしたら、
家族以外にも恋人とか、
大事な人がいたかもしれない。

私と違って
元々ちゃんとした目標がある人で、
それに向かって
立ち止まらずに
進んでいた人かもしれない。

それを、私が壊した。奪った。
自分が生きたいが、為に。

「違う、そんな」

いいや、違わないと
強くこの自分を拒絶した。

そう、
これはきっと
元の世界でもどこかでは
起きていた事だろう。


私は、
偶々遭遇しなかっただけだ。

私だって、誰かに殺される可能性は
どこにいたってゼロじゃなかった。

ただ、恵まれた環境に、
今迄の歴史の結果に、
そして知らない誰かに
守って貰っていただけだ。

でも、これは
決して当たり前な事だって思えない。
仕方ないと、納得できない。

この無残な現実を
真っ向から受け入れたら、
心が壊れるかもしれない。

それでも、
心を閉ざしたくない。

死の責任から逃げたくない。

そして何よりは
これから先、何が起きたって
絶対に慣れたくない。
こんな現実。

「望んでない。
したくない。仕方なくない。
どうして、ごめんなさい。
恨んでください。きっと、
そっちに行ったら、
報いは受けますから。」

どうか、だから。

「あなたがいたこの世界を
救うまでは、生きさせて下さい。
お願いします。ごめんなさい。
私が、無能だったせいで。
努力を怠ったせいで、私が、私が。」


「マスター!!!」

あれ、誰かが私を呼んでる、気がする。
でも今はそんな事はどうでも良い。

受け入れないと、全てを。
でも。誰だろう。

あれ、手が重いな。
そうだ、私はこのナイフで
この人を殺したんだ。

そう、だから
これから私は。


握り直したナイフは、血に濡れていて
ぼたぼたと醜く垂れて
床にシミを作っている。

さっきまで触れていた髪からも
その流れに沿って
垂れてきている。

ううん、醜くなんかない。
きっと、私よりはずっと綺麗だから。
こんな事、
思ってはいけないのに。

それは何より可笑しい事なのに。

「マスター、手を、離せ」

「いや、だ」

いつの間にか、
誰かが隣にいて

その誰かの手が
ナイフを握る私の手を
上から覆っている。

名前を思い出せない。
誰だろう。

私の抗議の言葉に、
その人の手の力は強くなった。

痛い、この人は私から
ナイフを奪おうとしている。

なんで、こんな事するの?


「これは、
無くしちゃいけないから、やめて」


あれ、この人って誰だっけ。
知ってるはずなのに、
分からない。

あれ、
これはさっきも思った様な。

そもそも、私は



なんでこんなことをしているんだっけ?


「いいや、無くしていい。
許せなくても、無くしてくれ。
僕を恨んでいいから。
だから、僕にそれだけは
預けてくれ」

なんて優しい言葉。
でも、それは私には似合ってはいけない。
受け入れる事は、罪だ。

「恨む、なんて。
恨まれるのは、
私の役目でしょう?」

そう、
恨まれるなら、
あなたじゃない。
私の方だ。


「…ああ、そうだ。
あんたは、そういう人間なんだよな。」

私を知っている人。
もう少しで、
思い出せそうな気がするのに。

心臓が奥の奥まで
何かで突き刺されている様な
そんな酷い痺れが、
生理的な恐怖が、
頭をずっと揺らしていて、
思考が定まらない。


「だからだ。
俺はこの日が来るのが
怖かった。
予感はずっとしてたんだ。

こんな事が起こる様な未来が
これからも続くんなら、

俺はもっとずっと前に
あんたの手を
無理矢理にでもこっちに
引いてやるべきだった。」

「はは、でも、私は、
直接じゃないなら、
本当は色んなものを、
奪ってきてたから、
こんなの、傲慢で、醜くて、
最低だ。」

「…そう思いたいなら、
今は思ってていい。」


かたかたと
まだ情けなく震えている手から
その人は強引にナイフを
引き抜いた。

そのせいか、
指先にその切っ先が滑って、
私の血が傷口から溢れ出す。

同じ赤なのに、
全く異なった、何かの様に
思えた。

その人は、その小さな隙に
ナイフを何故か手全体で握り直した
かと思うと

ひと刹那で、
そのまま
それを押し潰した。

「あ、」

飛び散った破片が
血の海の中へと沈んでいく。

ダメ。一欠片でも
私が、持っていないと。

そう思って
しゃがみこむと、

血に濡れた破片が上から
降ってくるのが視界の横で見えた。

「頼むからやめてくれ。
あんたは
何もこれ以上背負わなくていいんだ。」


本当に優しい、声。
私を案じてくれている声が、
今は胸の奥を握りつぶす様で、
痛い、苦しい。


「痛い、苦しい。
嫌だ、こんなの。」

一際大きい破片を優しく
拾い上げて、
慎重に握った。

それが鼓動を打っている様に
感じた自分が
凄く、嫌だった。

「…ああ」


こんな事、本当は。
本当はね。
絶対に、心から。


「知りたくなかったよ、斎藤さん」

「そう、だよなぁ…」

ようやく思い出した
その人の名前をゆっくりと
時間をかけて吐き出した。

すると、斎藤さんは
私の横に
同じ様にしゃがみこむ。

そして、
そちらを向く前に
腕を引かれて、

次に目を開いた時には
私は優しく抱きとめられていた。

斎藤さんは、きっと
私よりも泣きそうな顔をしているに
違いない、なんて
的外れな事を
彼の体温に溺れながら
何故かぼんやりと、思った。

ああ、目が覚めたら
全てが夢だったらいいのにな。

代わり映えのないあの日々が、
今は恋しくて、つらくて、
大切で、愛おしい。


でも、この体温だけは
ちゃんと忘れたくない、なんて。

本当に、私は。
傲慢で最低で、わがままだなぁ。

「ごめんなさい、」

最後の謝罪の言葉に対して
斎藤さんは、もう何も言わなかった。






「…おはようございます、斎藤さん」


目覚めたマスターの瞳の奥は、
本当に空っぽだった。

ああ、俺は、
また何も出来もしなかった。


止める事も、寄り添ってやる事も
もう出来やしないのだ。

そもそも、
こんなの、どう寄り添えばいいんだ。

彼女の心の傷は、もう
治る事なんてないのに。

人を斬る事と
生き残る事しか得意じゃない俺が、


何処までも純粋なこの少女の
《初めて人を殺めてしまった》
痛みを
理解なんて、絶対に出来やしない。

いいや、俺じゃなくても。
きっと、もうダメなんだ。

「おはよう、マスターちゃん」

1番罪深いのは、
それを許してしまった自分だ。

でも、マスターは
俺を恨みもしないし、憎みもしない。

痛みを他人にぶつける様な
傲慢な愚行を出来る筈がないのだ。

彼女は、どこまでも
純粋な善人だから。
いっそ、折れてくれ。

そうしたら、きっと
俺が何かしらの逃げ道を作ってやるから。

ああ、こんな事しか考えつかない
自分が何よりも、嫌だ。

「あの、どうか
昨日の出来事は他の人には
言わないで下さい。」

「ああ、言わねえよ。
命を懸けたっていい。」

「命は懸けなくて良いですよ。
斎藤さんに、死んで貰いたくはないから。」

「そうか、俺は。」

身勝手なのは分かってる。
でも、これは伝えないと。

彼女はいつか、歩き続けて
消える様に
誰にも知られないまま、死ぬ。

「俺は、あんたに
人を殺めて欲しくはなかったよ。」

自分のせいだ、とは言えなかった。
どうせ彼女はそれを
心から否定するのだから。

「別に、直接的じゃないなら
今迄も手は汚してましたよ。
私の指示で
沢山の人が、死にました。」

「そういう事じゃねえんだよ!」

「…そういう事、でしょう?」

「っ、俺は、
それを肯定はしない」

「そうですか、」

彼女は微笑みもしない。
ただ、罪悪感と後悔に
蝕まれながら死ねずに
ここで生きている。

「そう、なんですね」

「そうだ」

触れた手は暖かい筈なのに、
ここに生きている気が
何故かしなかった。

「僕はあんたには
絶対に生き残って欲しい」

もう、残っているものはそれだけだ。
預けた俺の誠は、
もうそれだけでいい。

良くなって、しまった。

「なあ、マスター」
「なんですか?」
「マスターの名前、なんて言うんだ」
「え?」
「ちゃんと聞いた事なかったって
思ったのよ」


「私の、私の名前は」



 

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