「冷たい揺り籠」




寒い、寒い気配がする。暖かい揺り籠に揺られているのに、肌に感じるのは冷たさだ。でも、意識はまだ微睡の中で浮かびあがろうとはしない。

「ひっでー寝顔」

誰かが、私の頭を撫でている。手は冷たいのに凄く、心地よくてーー。
あれ、待って。私この声知ってる。
《この人》を知ってる。

「布団蹴飛ばすなよ」

会いたかった、会って何かを伝えたかった大事な人。私の中の、もう1人の1番大事な人。姿の輪郭は頭に浮かぶのに、名前が出てきてくれない。呼びたい、呼ばせて欲しい。さようならと言えなかった事が、あの時から、そして今も1番の心残りだった。

「いいんだよ思い出さなくて。お前には散々呼んでもらっただろ」

大体は涙でぐちゃぐちゃの顔だったけどな。ああ、その顔よりは今の間抜けな寝顔の方がずっとマシだな。良かった。

「ーーあいつはお前が本当に好きだな。さっきからずーっと胸が痛くて仕方ねえ。」
閉じた私の瞳から溢れる生暖かい涙を
冷たい指が優しく拭う。



「まあ、俺もーー」
そうなんだけどさ。



目が覚めた時私は泣いていた。いつも蹴飛ばしている布団はしっかり肩までかかっていた。士郎がかけてくれたのかな。士郎はまだすやすやと眠っていて、子供みたいな寝顔に心がちょっとだけ暖まる。

「ーーえ?」

自分はもう起きよう、と布団に触ると肩にかかる部分だけ何故か変に冷たかった。部屋の中は暖房で暖まっていて、こんな冷たくなるわけがない。それも一部分、だけなんて。隣の士郎の手にそっと触れる。士郎にしては珍しく、その手は私より冷たかった。まるで、今さっき何か酷く冷たいものに触れたかのように。

「ーーアツヤ?」

泣きながら握っていたあの手のぬくもりを思い出す。会う時はいつもあまりに冷たいから、暖めようと思って、握っていた。離れない様に、離さない様に。

「名前くらい、呼ばせてよ」

ちゃんとお別れも出来なかった、隣の彼と似ている様でやっぱり似ていない、もう1人の恋人の事を思い出す。私は2人分の思いを込めて、隣の士郎の手をぎゅっと握った。










朝起きると、隣でなまえちゃんは静かに泣いていた。手に残る冷たさと身を丸めて泣く彼女を見て、僕は僕の眠っている間に何が起こったのかすぐ分かった。

「馬鹿だなあ、」

彼女の頭に毛布を軽く被せて、上から優しく抱きしめる。毛布越しに伝わる温もりが手の中の冷気を少しずつ奪っていく。

「《僕だって、俺だろ》」

いなくなる少し前、心の中であいつが彼女に残した言葉を呟く。呟いた瞬間、ほんの少しだけ指先に冷たさを感じたのは、きっと。

気のせいじゃない。

 

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