「宇宙人は人間に、恋をしなかった」



どうしたらいいか、分からなかった。
どうやったら、この人への気持ちと父さんへの気持ちを区別出来るのか分からなかった。
だから、ただなんとなくこうなんじゃないかって曖昧な気持ちのまま。

触れてみたいと思って、触れた。
その人は目を見開いて、驚く。

する前に電気を消したのは、顔を見たくなかったから。でも、人よりも感覚が研ぎ澄まされてしまった俺の瞳は暗闇の中でもはっきりとその人の顔を映した。ああ、苦しい。
俺を見ないで欲しい。こうしたのは自分なのに、なんて矛盾した感情なんだろう。

ーーこれが、本当に恋?こんな汚いものが、そうだっていうのか。

いきなり電気を消されて、強引に床に組み敷かれたっていうのに、彼女は嫌がる素振りを見せなかった。暫く黙ったまま俺を見つめていたけど、右腕をゆっくり上げて、俺の頬に手を添えた。

「……そんなに泣きそうな顔をするなら、こんな風にしなきゃいいのに」

「え……」

俺は今、そんな顔をしているのか。いいや、そんなにはっきりと彼女には俺の顔は見えていない、筈だ。でも、納得している自分がいる。

「言ってくれたら別に良かったのに、でもそれは難しいか。大人にも難しいんだもん」

蕩けそうな、優しい笑みを浮かべると、彼女は両腕を俺の首に回して、俺の体を組み敷かれた状態のまま抱きしめた。彼女の心臓の音が聞こえる、でもそれ以上に俺の心臓の音の方が大きい。触れた肌がとても暖かい。それが堪らなくて、俺は気持ちの理由もわからないまま、涙を流した。俺の涙が彼女の首筋に落ちる。一瞬びくりと震えたけど、抱きしめる事はやめなかった。

「……俺はさ、」

「うん」

「多分、あなたの事が好きだよ」

なんとなく、なんて嘘だった。この体温に触れて気付いた。俺は、ずっと前からこの人に触れたかったって。でも嫌だったんだ。だって、そんなの浅ましいじゃないか。エゴでしかない。

「こんな風に、ずっと触れてみたかった。」

「うん」

「ねえ俺を見て、ちゃんと俺を見てよ。
今だけでいいから……」

俺が体を起こそうとすると、彼女はゆっくりと、首に回していた自分の両腕を床に置いた。彼女は、泣いていた。何処か嬉しそうに、でも少しだけ切なそうに。その表情を見て、「ああ、俺は今こんな顔をしているんだな」と思った。俺達はきっと、今だけは同じ気持ちだ。

「それはなんて、幸せなんだろう」と唇を重ねながら心の中で呟いた。

「私もきっと、ヒロト君が好きだよ。ゆらゆらしてて、でも子供なあなたが。」

これから俺が彼女にする事は何もかも間違っている。もし知ってしまったら、きっと、世間も、……父さんも、こんな俺を批判するだろう。大丈夫だよ、父さん。明日からは元の俺に戻るから。それは絶対に、本当なんだ。

宇宙人は人間に、恋をしない。
人間は人間にしか、恋をしない。
恋が、出来ない。

そんな至極当然な事実が、俺にはなんて、
切ないんだろう。苦しい。あなたを思う人間な自分が、ずっと叫んでいる。

「一緒にいたい」「このままでいたい」

それを1人じゃ完全に切り捨てられない、臆病な俺は、この人の優しさを利用して、今日で一夜のこの思い出ごと切り捨てようと思った。その選択は曲げない。曲げては、いけないんだ。

重なる熱が、どんなに心地よくても。
触れる度にやっぱり好きだと思い知っても。

「ねえ、ヒロト君。外雨止んだよ。」

「本当だ、全然気づかなかった」

「あ、お月様が顔を出してる。ほらあそこ。」

最後は身を縮めて、薄い毛布とお互いの体温だけで熱を摂りながら、寄り添った。ああ、なんでもない話を初めてした気がする。

今振り返れば、初めの頃、俺は彼女と会話をする気がなかったんだな。向き合うのが、怖かったから。それなのに、この人は会話をしようと歩み寄ってくれた。家の前で倒れていた見ず知らずの少年に、ここまでしてくれた。

救われた、というのはきっと、こういう事を言うんだろう。具体的にどこだと言われたら、上手く言葉にできないけど、俺は確かにこの人の心に救われたんだ。全てを切り捨てる事になっても、その事実は変わらない。

「夜は出歩いちゃダメだよ、特に俺が来た日は」

最後に交わす言葉は、いつも通りと決めていた。彼女は「うん」とだけ言って、「またおいで」という様に手を振ってくれる。俺は何も言わずに、ドアノブから手を離した。後ろで扉が、ガチャンと鈍い音を立てて閉まった。


もう、扉は開かない。
俺も彼女も、開こうとはしない。
理由は簡単だ。

ーー宇宙人は、人間に恋をしないから。














 

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