「宇宙人は人間に恋をしない」



※時間軸は2期の少し前。


「ヒロト君、帰らなくていいの?」
「うーん……後10分くらいなら」


私が気まぐれで買ってきたサッカー雑誌に随分とお熱なヒロト君はいつも帰る時間を過ぎても、帰ろうとしなかった。そんなに面白いのかな、サッカーって。

「でも外雨だよ?流石に今日は送っていこうか?」
「お姉さん、俺の家知らないでしょ」
「いやまあそうだけど」

ヒロト君はいつも1人で私の家に来て、1人で帰る。ヒロト君は明らかに未成年で、大人としては送っていくのが正解なんだろうけど、それは頑なに拒む。家の場所も教えて貰っていない。まあ、彼のご両親に見つかったら、私の方が説明に困るから、正直こっちの方が都合がいいんだけど。
「ふふ、雨でも別に1人で帰れるし、傘もいらないよ」
「そうなの?」
「うん、そうなんだ」
雑誌を机に置くと、体を起こしてソファから降りる。別になんでもない動作なんだけど、顔が整っているヒロト君がやると綺麗に見えてしまうから不思議だ。それか、何処か儚げな雰囲気があるからかな。
「じゃあね、お姉さん」
「うん、気をつけてね」
私は読まないしサッカー雑誌はあげる、と言ったら、次来た時にまた読むから置いておいて、と返された。もう次を考えている辺り、彼はなんというか、タラシ?の才能がある気がする。発言も大人びているし。ただわざとじゃないんだろうなあ、多分天然。
「……夜は出歩いちゃダメだよ?特に、俺が来た日は」
「はいはいわかってるよ」
「本当かなあ」
いつもの帰り台詞を言うと、ヒロト君は寂しそうな笑いを残して出て行った。毎回言われているからもうあんまり気にしなくなったけど、なんで夜に出歩くなって言うんだろう。確かに女の一人暮らしは危ないかもしれないけど、
「自分が来た日は、特にって……なんで?」
2ヶ月前のこんな雨の日だった。家の前で倒れているヒロト君を見つけて、中に入れたのは。
「…もしかして、ストーカー、とか?」
いやいやいやそれはないでしょ。きっと、懐いてくれているか、単に良い逃げ場として抑えているだけだ。
名前以外何も知らない、きっと歳がいくつも離れている少年。そんな彼は週に2度必ず家を訪ねてくる。

「俺だよ、お姉さん。元気にしてた?」

何処かでこんな関係はおかしいと思いながらも、いつも嬉しそうなヒロト君を、私は拒めないままでいる。



恋って、どうするべきなんだろう。俺は多分自分を助けてくれたあのお姉さんに恋をしている。だからこそ、彼女からしたら迷惑かもしれないけど、週に2回自宅を訪ねている。勿論、休みの日と周りに人がいない時を見計らって。ああ、後俺の監視がいない時。


多分物語なら、次は相手にアプローチするとか気持ちを伝えるとかなんだろうけど。俺は今その必要性をあんまり感じていない。現状維持を望んでいるというのもあるけど、伝えたとして先があるとは思えないんだ。
歳も立場もまるっきり違う。俺が関わるべきじゃなかった人。彼女は俺が自分から手に入れちゃいけないものを持っていて、与えてくれる。

それが俺は、心地よくて、嬉しくて、
……そして、罪悪感で苦しい。これはもしかして恋心じゃなくて憧れに近いものなのかな。そもそも園のみんな以外との人間とあんまり関わらないし、機会なんかなかったから、初恋もしていない。好き、は分かる。俺は父さんが好きだ。お姉さんも好き。でも、その好きには違いがある。

上手く言葉には出来ないけど。だから、恋なんだと思った。ああ、もしこれが本当に恋心ならお姉さんが初恋ってことになるのか。……それは、あんまり良くないんだろうなあ。人間、いいや子供的には。まあけどそんなの宇宙人の俺にとっては今更どうでもいい基準か。

「でもお姉さんは人間だからなあ。」

そこに生まれる矛盾にはいつも通り、見て見ぬ振りをした。

「……宇宙人は人間に恋しちゃ、いけないのかな。好きって言ったら、」

ああ、やめよう。こんな事考えたって、意味がない。お姉さんが俺の気持ちを受け入れてくれるはずないんだから。常識的に考えたって。先がないっていうのはそういう事でもある。1番の理由は、俺の最優先が父さんだからだけど。

例え、万が一の可能性。お姉さんが俺の気持ちを受け入れてくれても、俺の優先順位は変わらない。お姉さんと父さんどっちも困っていたら、俺はきっと迷わず父さんを助ける。そう、だから、俺はやっぱりそもそも好きになる資格がない。だってそんなの、絶対におかしいんだ。

「……だからやっぱり、このままでいいんだ」

お姉さんが買い物に行ってからどれくらい経ったかな。家に1人でいると余計な事ばっかり考えてしまう。例え本人がいなくても、部屋を見ていると面影を探してしまって、毛布をかぶれば、お姉さんの香りがするから。

「苦しい、」

体はもう痛くない。でも、心は久しぶりに苦しい。ーー切ない。


 

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