「さようなら、勇気」



私は昔から臆病な人間でした。
人から嫌われるのが怖くて、周りに合わせている様な人間でした。親は特に厳しい人ではなかったので、元々の性格なんだと思います。直そうと思った事はあるのですが、いつも失敗してしまって、今ではもうそういう気も起きません。「自分はこういう人間なんだな」と諦めさえ感じています。

だけど、それでも。
その諦めが許せない程の過ちを犯した事が
三度ありました。

今も許せないままです。

これは私の、臆病で無責任な初恋の話。



【さようなら、勇気】




私には幼馴染というものがいました。
両親同士が仲が良くて、幼稚園も同じだった為、私達はお互いの家で遊ぶのがいつからか
日常になっていました。

その幼馴染は、男の子の2人兄弟で
お兄ちゃんは優一さん、
同い年の弟は京介君と言いました。

2人はとてもサッカーが好きで、よく蹴り合いっこをしていました。私は運動音痴だったので、一度下手くそなのを京介君にからかわれてからは混ざらずに遠くで見ていました。

私はサッカーをしている2人を見るのが
とても好きでした。失敗しても諦めない2人が格好いいと思いました。

特に練習を終えた2人にタオルや飲み物を差し出した時の
「ありがとう」という単純なお礼の言葉と眩しい笑顔が私は、本当に好きだったのです。

少し劣等感もありましたが、その頃にはもう
自分の性格には諦めがつき始めていたので
それで仲が悪くなる事はありませんでした。

同い年の女の子と遊ぶよりも、2人と一緒にいるのが楽しかった私は小学生になっても
2人の側にいました。

ーーーある晴れた日の事です。

枝に引っかかったサッカーボールを取ろうと木に登り、落ちてしまった京介君を優一さんが受け止めてーーー

その結果、優一さんの下半身が動かなくなってしまいました。

その日、私は他の友達に誘われて、プールに行っていました。家に帰ってきた私を出迎えた時のお母さんのあの顔は今も忘れられません。

「優一君の足が、動かなくなったって」

そして、その時の自分の衝撃も。

翌日、「病院に行こう」とお母さんに誘われましたが、私はどうしても行けませんでした。

「私がその子の誘いを断って、2人と遊んでいればこんな事にはならなかった」
「その日は天気が良いから、と京介君に強く誘われていたのに」

《お前が来なかったからこんな事になった》
と言われてしまう気がして。
そんな人ではないと何処かでちゃんと分かっていたのに。

私は自分の臆病さを盾に2人から逃げたのです。大好きだった2人を自分の可愛さで裏切りました。

これが一度目の過ち。


優一さんに会いに行けたのはそこから1週間が経った日の事でした。蝉が煩い、天気の良い日だったのを覚えています。

「来てくれたんだ」

病室に入ってきた私にそう笑いかけてくれた優一さんに、私は失恋しました。
こんな、こんな人と並び立てない。

私は優一さんが好きでした。
ドジで引っ込み思案な私に視線を合わせて、声をかけてくれるその優しさが嬉しかった。
ドキドキした。

逆に、優一さんは誰にでも優しいから
子供ながら、他の子と仲良くする彼にモヤモヤした事もありました。それは京君にだけこぼしたけど、あの時、京君はどんな顔をしていたんだっけ。

「ごめんなさい」

でももうあの日には戻れない。
私が壊してしまった。

だから、そんな事を想う資格はもうとうにないんだと、私はこの時自分のした事の、
過ちの重さにやっと気付きました。

「君まで悲しまないでよ」

泣きじゃくる私を抱きしめた優一さんは、
本当に優しい人で。だからこそ、私は降ってくる雨には目を逸らしました。

「大丈夫だって、嘘でも言ってよ」

そして、その代わりにーー
この虚しくて優しい嘘を受け入れました。

「絶対、大丈夫」

何処かでこれは呪いになると分かっていたけど、償いだと思えば何でもありませんでした。優一さんは「ありがとう」と言いながら、私に優しい口づけをくれました。

ーーそれを見ている人がいるなんて、
考えもしませんでした。

これが私の、二番目の過ちです。

この日から京介君は私を無視する様になりました。私は当然だと思って、何も言いませんでした。

次に会ったのは小学六年生の時です。
あの日と同じ暑い、夏の日。ボロボロの体で私の家の前に倒れている京介君を見つけました。

「やだ、やだ、やだやだやだ!
ねえ起きて!いなくなったりしないで!」

この日は、両親は出かけていて、家には私1人でした。お婆ちゃんの家に遊びに行ってその帰りの事。

「京介君、京ちゃん!」

動かない京介君を揺さぶりながら、
《もしかしたら優一さんが木から落ちたあの日、京介君はこんな気持ちだったのかもしれない》と思いました。

怖い、やめて。
今度はちゃんと頑張るから、だから
いなくならないで。変わらないで。
置いていかないで。


「…死ねる訳、ないだろ」

体を起こして、私を睨みつけた京介君の瞳は、あの頃と違って、格好良くも輝いてもいませんでした。

「俺に触るな、なまえ。
お前まで、駄目になる」

でも、優しい京介君のままでした。

【……なら、俺がそばにいる】

優一さんへのモヤモヤをこぼしてしまったあの日、そう言って私の握った京ちゃんのままでした。


「そんな事ない、私はもう、ダメになってるから、大丈夫」

その優しさに私はまた、終わるだけの恋をしました。

力一杯抱きしめると、京介君は黙り込んでしまいました。彼の胸に当てた手からは煩いくらいの心臓の音を感じました。

「……ごめん、兄さん」

か細い声でそう呟くと、京介君は
私に口づけを一つ、残しました。

「ごめん、ごめん」

泣きながら謝り続ける京介君を私は黙って抱きしめ続けました。これが私の、三つ目の過ちです。

京ちゃんも、優一さんも、何も悪くないのに。ねえ、どうしてこうなってしまったんだろう?



「あ、あの!」

「はい?」

「君って、剣城の幼馴染だよね!?」

また季節が変わり、私達が雷門中学校に入学して少し経った頃。私は帰り際に1人の男の子に声をかけられました。

その子の名前は松風天馬君。
私の隣のクラスの子。そして、雷門サッカー部に入部したサッカー少年でした。

「え、」

私は入学してから誰にも京介君の幼馴染だとは言っていませんでした。この学校は私達が通っていた小学校の子も少なかった為、何処かから漏れたりもしてない筈です。していたら、噂になっているでしょうし。

「あれ、違う?」

違うよ、という否定の言葉は、その真っ直ぐな瞳の前に喉の奥へ沈みました。私は、無言で小さく頷きました。

「良かった!あ、俺松風天馬!
えーっと、剣城と同じサッカー部!」

「うん、知ってるよ」

松風君の笑顔は少しだけ、小さい頃の京介君に似ていました。思い出して痛む胸から目を逸らすのはもう慣れています。

「京介君のことが、聞きたいんだよね?」

松風君が話す前にわたしから切り出しました。あちらから聞かれてしまったら、全てを素直に話してしまうそうな恐怖感があったからです。

「う、うん」

「でも、ごめんね。私、あなたの言う通り
京介君の幼馴染だけど、暫く口を利いてないんだ。だから、多分あなたが聞きたい事には答えられないと思う」

「そ、そうなんだ……」

肩を落とす松風君にほんの一欠片残っていた良心が珍しく痛みました。同時にこう思いました。《この子なら京介君を救ってくれるかもしれない》、と。

「……でも、一個だけは知ってるよ。」

「え?」

「京介君と、優一さんはサッカーが大好きだっ、て」

そう口にした瞬間、今迄の事が走馬灯の様に頭の中を巡りました。サッカーを楽しそうにしている2人の笑顔。遠くから見ているだけの私に向けてくれた、あの眩しい笑顔。

優一さんの優しい嘘と、口づけ。
そして、京介君の優しい懺悔と、口づけを。

「えっ、な、ど、どうしたの!?」

「ごめん、なさい……ごめんなさい……っ」

最後の勇気(ほんね)を口にした瞬間、今迄自分にかけていた嘘が解けていきました。
行かないで、1人にしないで。独りにならないで、一緒にいようよ。私は、私は。


大好きな2人といつまでも、一緒にいたかったのーーー。



さようなら、勇気。ただいま、臆病。

どうか、2人の恋が私の知らない場所で
終わります様に。

2人だけは、幸せに慣れます様に。




女の子は恋をすると綺麗になると言うけれど、
私の場合はきっと逆だ。
このまま死ぬ迄、醜くなり続けるんだろう。
でも、それでもどうしてもこの恋心だけは
捨てられない。

そして、無責任にも私は。

《ホーリーロード決勝戦、優勝は
雷門中学校だーー!!》


また、恋をする。

この時流れた涙は、
嬉しさだったのか安心だったのか。

「おめでとう、京ちゃん」

画面の向こうの彼は、今迄で
一番格好良く笑っていた。








 

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