「スターダスト」


「それは絶対に必要なものじゃない。
決して星にはなれない。けど、けし粒だとしてもそこに存在はしている。宇宙の塵、死の骸。燃え尽きたもの。」

私の涙を一粒、彼の指が攫っていく。

「それが、お前の正体。お前の意味。知っているかい、善なる君。妖精王オベロンは珍しくて、きらきらしたものが好きなんだよ。」







ここに告白します。
私は非人間です、欠落者です。
だからきっとーーその存在に
名前も意味もないのでしょう。


生まれた時は、まだ普通だったのだと思います。嬉しい、悲しい。
そんな当たり前の感情をずっと《抱えていられました》。

それが壊れて、歪んでしまったのは
世界でありふれた不幸のせいでした。

お父さんの不倫が分かりました。
お母さんは宗教に逃げました。
お兄ちゃんは死に逃げようとしました。

私は必死に家族をなんとかしようとしました。お母さんの悩みを聞いて、お兄ちゃんの苦悩も聞いて。家事をして、怒られて、
ご飯を食べて、学校に行って、働いて。
殴られて、謝って。

そして私は、運の悪い事に
そんな時に知らない人達に襲われてしまいました。

体が嬲られる中思ったのは、
《こんな不幸も別に、珍しい事じゃなくて当たり前なんだなあ》という事でした。

私よりも辛い思いをしている人たちはいます。ならば、生きているだけ幸せなのでしょう。今思えば、そう思う事で心を守ろうとしていたのかもしれません。

この偶然で繕っていた家族は
バラバラになりました。
けれど、これも珍しい事じゃない。

憎もうとは思いません、人間には善と悪があるのですから。
そもそも、生まれ持った素質というものがあります。

小さな事で壊れやすい人がいて、
大きな事で壊れにくい人もいる。

同じなんて、ありえないのです。

この理不尽に怒る気はありませんでした。
ただ。

《幸せに笑う人に不幸を押し付けたら
どんなふうになるだろう》と考える自分がいました。私は、そういう素質があったみたいです。

実行はしません。
そんな事をしたら、私はあの人達と同じ様なものになってしまう。きっと、この境は超えてはいけない。

時間は過ぎていきます。
私はそんな自分を抱えながらまた、
お母さんの悩みを聞いて、お兄ちゃんの苦悩も聞いて。家事をして、怒られて、
ご飯を食べて、学校に行って、働いて。
殴られて、謝りました。

「あなたは良い人間でありなさい」

そんな生活が一年続いた頃でしょうか。
その日は珍しくお母さんは普通でした。
お母さんは、私を抱きしめると
そう言いました。

私を縛る呪いを、かけてくれました。
私の寿命を伸ばしてくれました。

少しだけ、頑張ろうと思えました。

ーーー献血の際に初対面の人から
カルデアへの勧誘を受けたのは、

それから半年後。
お母さんが自殺をした1週間後の事でした。


特に将来の夢もなかったので、
私はその人の勧誘を受けました。

人を助ける事らしいので、悪くはないかな
なんて軽い気持ちでした。

ミーティングに向かう途中、
気分が悪くなった私は、廊下に座り込んでしまいました。

通りがかったスタッフの人に
「所長には僕から言っておくから、
君は部屋に戻りなさい」と言われ、
申し訳なく思いながらも部屋に戻りーー。

私は、崩れる部屋の瓦礫に押し潰されて、
そこから数週間昏睡状態になりました。

今迄体験した事のない激痛と
意識が奈落の底に落とされる様な感覚は、恐怖でした。

落ちていく意識の中、私は強く思いました。
《無意味のまま死ぬのは嫌だ》、と。
それならば、なんでも良い。
誰かに消費されて、擦り切れて死にたい。

良い人間で有り続けて、死にたい。

「……こんな俺を召喚するやつがいると思ったら、もう、死にかけじゃないか」

知らない声が聞こえたので、
意識をなんとか少しだけ引き戻しました。

でも視界は霞んでいて、炎の中に
誰かが立っている事しか分かりません。
一瞬幻かな、と思いましたが、
そうじゃないという直感がありました。

柔らかいのに、酷く、冷めた声でした。

「ねえ、まだ知らない君。
君は、死にたくないんだろう?」

当たり前の事を、彼は丁寧に聞いてきました。その言葉だけ見れば、まるで死神の様でした。

「なんで、死にたくないんだい?」

彼のその質問に、答えなきゃと思って、煙で焦がされた喉を唾で潤して、口を開きました。

「……無意味に、なりたくない、の。
私、善い人に、なりたい」

けれど、もうそこで体力も心も限界でした。
今度こそ意識は落ちていきます。

口にしたその言葉が、
既に壊れきった私にとっての全てでした。






「……は、ははっ、ばっかじゃねえの!
無意味になりたくない?
そんなのは、誰だってそうなんだよ!

何処だって存在しているものなら、
誰もが願う事だ。あー、馬鹿らしくて、
……反吐が出る。

善い人に、なりたい、か。
次に出てくるのが、それって、つまり。
……はあ、まあ、いっか。

何もかも、夏の夜の夢だ。
きっとお前も、いつか気づく。
だから、それまで隣で笑っていてあげようか。

ーーー僕の、マスター」








 

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