「なあ、次の試合。
良かったら見にきてくれないか。」
次の日の朝、席に座ると、開口一番
豪炎寺君は私にそう言った。
「……へ?」
私は間抜けな声と共に持っていた教科書を床に落とした。
「?そんなに驚くことか?」
「へ?うん、そう、だね?」
しゃがんで、散らばってしまった教科書を急いでき集める。少し遠くの最後の教科書に伸ばすと、その手を遮る様に違う手が先にそれを掴んだ。顔を上げると、結構近い距離に豪炎寺君がいて、私は思わず一歩後ろに後ずさった。
「いっった……」
すると、ガンという鈍い音と共に頭に激痛を感じた。どうやら机の角に勢いよく頭をぶつけたみたいだ。
教科書達を手で持っているのを忘れて、反射的に頭に触れようとして、馬鹿な私はーーまた教科書を落とした。これには私自身もビックリ、というか自分で自分に引いた。
ああ、もうバカ!私の間抜け!動揺するにしてももうちょっとマシな動揺の仕方があるでしょ!
「何をしてるんだ……」
豪炎寺君も最初は心配そうな顔だったのに、今はどちらかと言えば呆れ顔だ。穴があるなら入りたいというのはきっとこの事だと思った。顔に熱が集まるのを感じつつも、とりあえずまた散らばってしまったノート達を近くのものから手に取る。
「いや、ちょっと昨日眠れなくて」
「また寝不足か」
私の返事にそっち側に落ちたノートを拾ってくれていた豪炎寺君の声が急にワントーン低くなった。そうだ、豪炎寺君にこの話題は何よりもタブーだった。あんなに迷惑をかけたのに、どの面でそんな言い訳をしてるんだ私は!
「う、嘘!ちゃんと寝ました!」
「すぐにバレる嘘をつくな」
「はい……すみません……。ありがとうございます……」
差し出された残りのノートをありがたく受け取って、頭を下げながら謝罪とお礼を言う。
というか、嘘って分かってたんだね……。私ってこんなに分かりやすい人間だっけ……?と自問自答する。むしろ、表情があんまり表には出ないから、分かりにくいって昔から周りには言われてたんだけど。
「はあ……」
「随分重いため息だな」
「いや、ごめん。これは豪炎寺君にじゃなくて、自分に対してだから気にしないで」
それってもしかしなくても恋をしたから?
納得のいく結論が出たけど、同時にここ数日自分の事を思い出して、しまっていた自己嫌悪が膨れ上がってきた。豪炎寺君が目の前にいるのに関わらず、思わず重いため息が出てしまって、さらに落ち込む。負の連鎖だ。
「何か悩み事でもあるのか?」
「うーん……少し、」
「今のため息からしてとても少しには思えないが……」
「いやでも、これは自分だけで解決しないといけない事なので……」
「……そうか」
お互いまた席に着く。ん?あれ、待って。
何か話をしていた様な。豪炎寺君が何か話しかけてきて、私はそれに対して凄く動揺して、教科書を落とした筈。
「あ、」
「その、話を戻してもいいか?」
「ど、どうぞどうぞ!」
「と言っても、最初に戻るだけだ」
「次の試合の事、だよね?」
「ああ。明後日なんだが、予定あるか?」
「休みだよね、えーっと……特にはないかな」
「なら、見に来て欲しい。」
「わ、分かった!行く!」
「……そうか、ありがとう。」
・・・。
「なんで私ってこんなに流されやすいんだろう……」
「恋なんて流されてなんぼだろ。良かったじゃん、あっちから誘ってくれてさ。
何?嬉しくないの?」
「嬉しくない訳ないじゃんかぁ……
ねえ、一緒に観に行かない?」
「誘われたのはあんたでしょ。あんた一人で観に行きな。」
「……うん」
複雑な気持ちのまま友人と別れて、そのまま帰路に着く。嬉しくない訳じゃ、ない。むしろ、凄く嬉しかった。彼に認められた気がして。何を、と言われたら上手く言葉に出来ないけど。
「あ、病院……」
夕香ちゃんの事情を知ってから、いつも病院前を通るとなんとなく立ち止まってしまう。
あの建物の一室で今も幼い彼女は眠り続けている。事故からどれくらい経つんだろう。どれだけの間、豪炎寺君は夕香ちゃんが目覚めるのを毎日毎日待っているんだろう。私は実際に会った事はないから、夕香ちゃんの事は豪炎寺君の話の中でしか知らない。
御転婆で、可愛くて、豪炎寺君のサッカーを一番に応援してくれていた、大切な妹。事故の日も、お兄ちゃんが出場する試合を見に行こうとしてーー。
2人の事を思うと、私は昨日の木野さんへの自分の態度が許せなかった。恋をしたからって、なんだ。だからって、予防線張って、逃げて良いわけないじゃん。私は、妹の為に頑張る、そんな豪炎寺君に恋をしたのに。歩み寄ってくれる彼から逃げて、何がしたかったの。
心の奥では分かってるくせに。
例え円堂君や木野さんから私のことを聞いても、豪炎寺君は、私の存在を全否定する様な人じゃないって。彼は理由もなく人を嫌う人じゃない。
私が嫌われたくないだけ。嫌われるのが怖いだけだ。
今も頑張り続けている豪炎寺君と比べたら、周りの目なんて、私の臆病な恋心なんてどうだっていいじゃないか。
傷つきたくないから、応援しないなんて
一番失礼だ。
「……ごめんね、夕香ちゃん。
私、決めた。豪炎寺君を応援する。心から。」
あなたが、目覚める時まで。
そうと決まれば、サッカー部のこれまでの試合映像を一回戦から見よう。サッカーをする豪炎寺君を目に焼き付けよう。彼の好きなものをちゃんと知りたい。
逃げるのは、やめる。
傷ついてもいいから、思いが叶わなくても良いから、真正面から応援するんだ。
「おはよう、豪炎寺君」
「ああ、おはよう。みょうじ。」
よし、挨拶はいつも通り出来た。
次は。ーー今日は、私から話を振るんだ。
「昨日ね、雷門サッカー部の地区大会の映像見たよ」
「え?」
「明後日までに今迄の試合見ていこうと思って。せっかく、豪炎寺君から誘ってくれたんだもの。それくらいしなくちゃって」
声は震えていないだろうか。目は、最後までちゃんと逸さずに言った。豪炎寺君は、私の言葉にまるで豆鉄砲を食らったかの様な顔になった。……でも、そうだよね。昨日はあんなに消極的だったのに、翌日になってあっちから話題を振ってきたら、普通ビックリするよ。けど、ここまでは予想通りだ、と弱気になりそうな自分を鼓舞する。
「……そうか。それは、嬉しいな。
みょうじの方からサッカーの話を振ってくれるなんて思わなかった。」
「う、そ、それは……。心の準備が出来てなかったというか……」
「大丈夫だ、気にしてない。そもそも最初にその話題を避けていたのは俺の方だしな。」
「いや、でも……」
「だから、おあいこって事にしないか。
このままだと多分堂々巡りだ。」
「ーーうん。そうだね。」
そこから先生が教室に入ってくるまで、サッカーの話をした。私から大会の試合について質問すると、豪炎寺君は凄く丁寧に答えてくれた。なんなら、ルールの事まで。
豪炎寺君との会話を楽しみながら、私は放課後にサッカーのルールブックを買う予定を頭の中で立てた。サッカーについて話す彼は以前とはまた違った意味で輝いていて、格好良かった。単純な私は、そんな豪炎寺君がさらに好きになってしまったけど、もうその事に後悔はなかった。むしろ、清々しいくらいだった。
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