「頭上の星々」


「……なんて、
ただの綺麗なだけの石なんだけどね」

空に翳したそのピンク色の石は中で不自然に屈折して、頭上の星を正しく映さない。まるでその部分だけ切り取られた別世界みたいだ。

袋から出したのは、何年ぶりだろう。
お母さんの言っていた時間が過ぎても、怖くて取り出せなかった。なら、もう4年は経ってるんだなあ。
時間の流れに悲しくなる心を押し潰すように、手の中の石を強く握りしめる。


今から5年前に富士山に突然落ちてきた隕石の
そのほんの一欠片。それがこの石の正体。
そう、これは冗談でもなくて、本当に本当の宇宙。

そして、この宇宙に秘められた力が私の人生の全てを狂わせた。いいや、私だけじゃないか。

うん。これはーーー私達の最初の交差点であり、
決して重ならない境界線でもあるんだ。


私は罪悪感で痛々しい表情をしているだろう目の前の基山君にも。
失望と悔しさで泣きそうな中途半端な自分にも
目を背けながら、また石を小袋の中に戻した。

お母さんの言いつけ通り、絶対に開く事のないように紐でぎゅっと口を固く閉める。

「……それは、何処で?」

まず聞くのはそこなんだ、となんだか拍子抜けしてしまったけど、彼の立場を考えれば別に不思議じゃない。どんな言葉を期待していたんだろう、私は。分からない。でも、分からなくていいのか。

これは酷いなあと気付きながらも、私は無理矢理笑顔を作って、ついさっき用意した答えを基山君に言った。

「そりゃあ、勿論宇宙からだよ」

……変なの、そんな顔したいのはずっと私の方だよ。
なんで私の方が強がって笑わなきゃいけないの?





《ヒロト!お前今何処にいるんだよ!》

「………」

《グループに送った時間になっても全然帰ってこないし、今迄電話も通じなかったし…!!
姉さんも園のみんなも心配して……ヒロト?》

「……うん、ごめんね。実は図書館に行った後に……参考書を買う為に隣町まで足を伸ばしたら……ちょっと、迷子になっちゃって」

今俺はちゃんと話せているだろうか。
携帯から指の皮膚へ伝わる電子熱も、涼しい夜風も、歩き続ける自分の足の裏の感覚も、いつもよりはっきりと感じ取れる。でも、現実味は全くなくて、自分の意識だけ何処か枠の外で俯瞰している様な気分だった。





あの後、みょうじさんは俺が声をかける間もなくあっという間に公園から出て行った。いや、実際は凄くゆっくりだったのかもしれない。

俺は彼女の秘密で頭が真っ白になって、出て行った事にも気付かず本当についさっきまで立ち尽くしていた。ポケットの携帯電話が何度か震えていたのには気付いていた。けど、体が針で縫い付けられた様に動かなかった。

そこから暫く立って、そのついさっき。
夜風に揺られて起きたブランコのキィィ、という金属部分のあの耳障りな音でようやく我に返れた。


慌てて辺りを見渡したけど、もう公園にいたのは俺だけだった。追いかけよう、と咄嗟に足が前に出たけど、すぐに思い直した。もし、追いかけられたとして
今の俺にはかける言葉がない。
いやそもそも。


俺は柵の近くに置いた鞄を拾い上げると、途端に脱力した体に喝を入れて、重い足取りで公園を出た。


みょうじさんの家がある、反対の道には振り返らなかった。いや、振り返れなかった。
だって、この先で会えたとして俺にはかける言葉どころか、合わせる顔がもうない。

それでも、こうした方がいい、と思う行動は冷静になった頭がとっくに導き出していた。これからどうするにしたって、俺が1番すべきなのはーー知る事だろう。みょうじさんがそうした様に。

でも、どうやって?問題はそこだ。
ただの高校生になった俺に、出来ることなんて高が知れている。

《はあ!?迷子!?なんだよそれ!》
「なあ、緑川。」
《もうとっくに夕飯出来て、ってえ、なに?》
「昔夏休みにさみんなでよく山に天体観測……といつか、あれはキャンプか。しに行ったよな。あの頃の事、覚えてる?」
《あー……あったなあ。よく覚えてるよ》
「……そっか」

覚えてるんだ。そうだよな。覚えていない俺の方がおかしいんだ。分かってた事なのに、気分がさらに重く沈む。


考えられるのは、
そこに思い出したくない何かがある。
もしくはーーー不必要なものとしてあの時に切り捨てたか。いや、どっちもかもしれない。

俺は一体何を、どうしたかったんだろう。
過去でも、今でも。

頭上の星は俺の存在なんて知らないという風に
眩く輝いている。その変わらない輝きを見て、これだけは強く思う。

都合が良いのも、自分が1番悪いのも分かっているけれど。それでも思う。

どうか、彼女を
連れて行かないで、って。


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