休みの一番星


「基山、みょうじについて何か知らないか?
ここ数日休んでるだろ?学校には一切連絡が来てなくてな……。」

「すみません。分からない、です。
俺、そもそも連絡先知らなくて……」

「そっかー!基山も知らないかー!
どうすっかなー!俺は完全に嫌われちまってるしなあ……。」

とほほ、と肩を落とす先生に
俺は何と返せば良いのか分からなかった。
いや俺は、みょうじさんの事を何も知らなかったという事実に……ここで改めてショックを受けていていたんだと、思う。



プール掃除のあの日から、みょうじさんは学校に一度も来ていない。今日でもう4日目。学校に連絡も入れていない様で、色々と痺れを切らした先生がHRが終わった後「ちょっといいか?」と声をかけてきたのが今の事だ。

「そっか、知らないなら大丈夫だ。
呼び止めて悪かったな!」

「いえ……あの、今迄も欠席の時って
連絡は入ってなかったんですか?」

実はみょうじさんが欠席する事自体は珍しくない。
ただそれは1日くらいで、連続で欠席したのは今回が初めてだ。だから、先生も俺を呼び止めたんだろう。

前迄の休みは多分、部室の裏とか他の場所で天体観測をしていたんだろうな。それで、夜を明かしてそのまま……とかかな。

「うーん、ほぼそうだな。
……あんまりご家族と上手くいってないらしくてなあ」

「そう、なんですか」

家族。その言葉が嫌に胸に引っかかった。
でも、気まずそうな顔をしている先生にこれ以上聞いてみるのは気が引ける。個人のプライバシーに関わる事だろうし。

沈黙が続く前に一礼をして、自分の席に駆け寄る。
俺のそんな姿を見ると、先生も教室から出て行った。

先生が出て行ったのを皮切りに、残っていたクラスメイトが1人、また1人と出て行く。俺は、最後の1人になるまで机の上の鞄に手を添えたまま固まっていた。

テスト1週間前を切った今、部活はない。だから、このまま家に帰るしかないん……だけど。

「………」

鞄の中に視線を戻して、その中のひと回りサイズが小さいそれに目が留まった。昨日押し入れの奥から引っ張り出してきたあの本だ。教科書に挟まれた星座の本は如何にも窮屈そうだった。

《でも、普通でいる方が私には辛いんだ》

思い出しても、何も変わらない。
その理由を聞く相手はここにいない。
自分にそう言い聞かせて、教室を出る。
外はもう夕暮れに差し掛かっていた。

どこの部活も休みだからか、校舎内も外も
いつもよりずっと静かだ。一階に降りても、生徒の数はまばらだった。自分の下駄箱を開けて、上履きとローファーを入れ替える。ローファーを床に落とす時の、カタンという音も静かさのせいか大きく聞こえた。

にゃあ、

「……ん?」

そして、その音に呼応した様な別の音がもう一つ。
聞こえたのは出口の方だった。ローファーを履いて、
そちらを見てみると、出口の扉の裏側であの猫ーーカストロが小さく座って、俺を見つめていた。

みょうじさんが連れて帰って、そのまま家で飼っていると思っていた。飼えない家だったのかな。それともご両親と仲が良くないという話もあったし、そっちの問題なのかも……。

悶々と考えながらゆっくり、カストロに近づく。
てっきり驚いて逃げてしまうかと思ったけど、カストロはその場にじっとしていた。

「ここにいると、バレてしまうよ」

俺があと一歩という距離まで来ても、カストロは身動き一つしなかった。部室裏で初めて会った時はそっけなかったのに。声をかけてもじーっと俺を見ているから、何か言いたい事があるのかなと思って、しゃがみこんで目を合わせてみる。

「……ねえ、君のご主人様は何処?」

分かるわけないのに、溢れてしまった。
カストロは勿論にゃあ、とも何も言わない。
ただ、きょろきょろと辺りを見渡すと、

「え、」

突然走り出した。地面に置いた鞄を肩に背負い直して、慌ててその後を追いかける。
もしかして、教室へは来てないだけで、
学校には来てる?

カストロが向かった方向にあるのはーーサッカー部室だ。



けど、その期待は外れだった。
カストロが向かった先は、予想通り
一昨日来たサッカー部部室裏。

でも、そこにはレジャーシートも
隅に隠していた筈の望遠鏡も何もなかった。
最初からそんなものはなかった様に、ただ
周りと変わらない草原があるだけだ。

「……なんだ、ってあれ?」

俺が落胆している間にカストロは何処かへ姿を消していた。ここを住処にしてて、みょうじさんを待っていた訳じゃないのか。じゃあ、なんで俺をここに連れてきたんだ?嫌がらせ?

「………」

夏にしては涼しい風が額の汗を優しく撫でる。
鬱陶しさに拭った汗が変に冷たい。
なんだろう。ここでじっとしていると、
胸が、嫌にざわつく。言いようのない不安と虚しさで心が揺れる。

顔を上げると、空に薄く一番星が見えた。
夕暮れでも見えるんだな、と思いながら
小さく息を吐いた瞬間。

《基山君は星になりたい?》

一昨日のここでの一場面が頭をよぎった。
みょうじさんのその問いに俺はなんて答えた?

今の所は、なりたくない。
だってそれは、

「死ぬって、事だろう?」

みょうじさんは空を見る時、手を伸ばしていた。
あれは、もしかして。
単に意味もなく伸ばしていたんじゃなくて。

「!」

それの答えに辿り着いたと同時に俺は走り出した。
向かう先は校舎の中の職員室。

そんな事、ありえないかもしれない。
俺の思い込みなだけかも。
いや、それでも。何処か納得がいってしまう。

「間違いであってくれ…!!」

下駄箱でローファーを脱ぎ捨てて、階段を駆け上がって、職員室の前まで来て。扉を少し乱暴に開けた。

「?基山?そんなに息荒げてどうした?
忘れ物か?さっき教室は閉め、」

「いえ、ちがい、ます」

上がる呼吸を喉に力を入れて、押さえつける。
当たり前に息が苦しい。
ああやっぱり俺は人間だよ。みょうじさん。
そして、

「あの、実は……みょうじさんに借りていたものがあって、今日返す予定だったんです。」

「そ、そうだったのか」

「それで……ダメならいいんですけど、
もし大丈夫だったら、みょうじさんの住所……
教えて貰えませんか?」

みょうじさん、君だって人間だ。

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