宇宙の秘密 「こっちは星がよく見えるんだね」 「そう。その中でもこの公園は昔からお気に入りの場所なの。」 星が浮かび始めた夜空の下で、2人して子供みたいにブランコを漕ぐ。漕いだ瞬間に生まれる小さい風が涼しくて気持ちいい。 そういえば幼い頃瞳子姉さんが立って漕ぐのは行儀が悪いって言ってからは、ダメなんだって思ってずっと座って漕いでたな。でも本当は思いっきりこうやって立って漕ぎたかった。 だけど、ここには最初からみょうじさんと俺しかいない。キィ、というブランコの金具の耳障りな音も今は何故か聞き心地がいい。懐かしいな、凄く。 「基山君、帰らないの?」 「うーん」 座って漕いでいるみょうじさんが下から俺を覗き込みながら、恐る恐るといった様子で聞いてくる。俺はそれに対してあえて曖昧な返事をして、変な間を作った。 腕時計に表示されている時刻はそろそろ帰った方がいいなと思う時刻だった。 だけど、こんな寂しい場所にみょうじさんを置いたままにするのは嫌だった。そうしてしまったら、本当にもう二度と会えなくなる気がした。 かといって、メモに書かれた家に帰すのも嫌だ。 自分はともかく、誰かの傷つく姿は嫌いだ。自分が見慣れてしまっているという事実も嫌いだ。 あの後、せめて持っているハンカチを近くの水場で濡らしてこようと思ったけど、泣き疲れて立ち尽くしているみょうじさんを置いて何処かへ行くのが不安で、 結局その頬は赤く腫れたままだ。 どうしよう、とまだ少し混乱している頭で考える。 でも、今の俺にはどうする力もない、とすぐ結論が出る。いや、でもこのままにはしておかない。そこで感情論が口を出す。その繰り返し。 まるで、子供のワガママだな。 「帰った方がいいよ」 まるで泣く子供を諭す様な、冷淡な声でみょうじさんが言う。その目はもう俺じゃなくて、頭上の夜空を見ていた。 「そうだね」 また、無駄な足掻き(こうてい)をしてみる。 視界の端でみょうじさんの肩が一瞬震えた。 「私は帰って欲しい」 きっとそれは、迷った末に必死に絞り出した本音だった。驚いたりはしない。そうだろうね、と心の中で相槌をする。ここにいたって、俺に出来る事はない。 ……むしろ、傷つける事しか出来ないだろう。 それでも立ち去れないのは、どうして? 全く、ーー俺らしくない。 「だろうね。でも俺がここで帰ったら、」 ブランコから身を乗り出してそのまま地面に飛び降りる。そして、ブランコが後ろから迫ってくる前に、隣のみょうじさんの方へ振り返った。 「もう、こんな風に話してくれないだろ?」 今、彼女が勇気を振り絞って伝えてくれた様に、 俺も今の思った事を素直に彼女に伝える。 「多分これは今さっきの話じゃなくて、さ。 俺が今日ここに来なくても、元々ずっとそういうつもりでいたんじゃない?」 「………」 「やっぱり。図星なんだ」 この4日間で、段々と思っていた事だった。 みょうじさんが学校に来ない理由は、俺にあるんじゃないかって。プール掃除の時の俺の言葉が癇に障ったのかと考えもしたけど、それは違う気がした。だとしたら、残るのは俺の過去を知ったからという可能性だけど……、一度も軽蔑や怒りの表情を見せない辺りそれも違うみたいだ。 「基山君だってその方がいいでしょ?」 私に付き纏われて、嫌だったでしょ。 やっぱり、分かっていたのか。 今の姿が本当のみょうじさんなんだろう。 いや、今迄の彼女が全部嘘って訳じゃない。 夢や宇宙に関しては本当だった筈だ。 《でも普通でいる方が辛いんだ、私にとっては》 あの言葉は、自分は元々少し外れた人間だから、 普通でいるのが辛い、という意味じゃない。 自分は元々は普通だけど、 その普通でいる事が何がが起きた結果、 ーー苦痛になってしまったから、 そこから外れた生き方をしているって意味だ。 俺とみょうじさんは似た部分あれども、根本から違った。俺は元々そこまで普通じゃない。 だから、君程苦しくはなかった。 「………」 ねえ、何が君をそこまで変えてしまったんだい? 夜空に散らばる星?それとも、宇宙全部? いやそもそも、その夢はーー本当に君自身の夢? 星、ううん。 かつては星じゃなかったものの夢じゃなくて? 「ねえ、どうしてそんなに星や宇宙が好きなの?」 「……そういう基山君は? どうしてそんなに宇宙人みたいなの?」 「……っ、」 そうだ、その質問にはまだ答えていなかった。 相手の秘密を知りたいのであれば、先に自分から明かすべきだ。自分だけ、なんて虫が良過ぎる話にも程がある。 じゃあ、なんて、なんて言えば伝わる? 一から全て話して、それで俺は。 本当は?いいや、違う。 俺は間違った選択だとどれだけ世間から言われようとも、後悔はしていなかった。 父さんの為に、みょうじさんの好きな宇宙を利用した事を。その結果、多くの人達を不幸した事を。 それが俺の唯一の正義だった。 「……宇宙人の真似事をしていた時の、名残だよ」 「え?じ、冗談だよね?」 「嘘に、見える?」 ブランコの金具を掴んでいるみょうじさんの手に自分の手を重ねて、真っ直ぐに目を見つめながら答える。 みょうじさんは、まるで信じられないものでも見る様な顔で俺を見つめ返した。 ーーその表情の意味を、先に分かっていれば どんなに良かっただろう。 「見え、ない」 「うん、本当なんだ」 俺は、自分の過去を少しでも知ってしまったのかもしれないなと思った。でも、みょうじさんはなんだかんだ甘くて、優しいから、怒るより先にそれを信じたくなくてそんな顔をしているんだと。 「私も、言わないと」 そう思い込んでいた。 「え?」 みょうじさんがブランコから静かに立ち上がる。 俺達の間に生暖かい風が吹き抜けた。 それが通り過ぎて行ったのとほぼ同時に、みょうじさんがパーカーのポケットに手を入れる。 「私は宇宙人じゃないし、基山君みたいに真似事だって出来ないけど、宇宙はね持ってるよ」 「ーーー。」 取り出したのは、掌より一回り小さい古びた茶色い小袋だった。 今、みょうじさんはなんて言った? 宇宙を持ってる?それこそ冗談かと思ったけど、 俺を見据える瞳に嘘の翳りは一片もない。 胸が煩いくらいにざわついている。 俺の反応と直感が危険だと警鐘を鳴らしている。 袋の紐を彼女の指が解く。目の前の光景全てがスローモーションに見えた。 みょうじさんが袋から取り出したのは、 小さい水晶の様な石。 「なん、」 それに俺は見覚えがあった。 忘れられる筈もない。 俺が捨て去った宇宙。 そして、彼女のーーー宇宙だ。 「綺麗でしょう? お母さんが、死ぬ前にくれたんだ。 そして、こう言った。 《大きくなったら、これの秘密を暴いてね》って。」 それの名前を俺は心の中で呟く。 《エイリア石》。 逃げられると思うな、と遠くで誰かの空耳が聞こえた。 その続きは、「なんで?」かなあ。 そうなら、完全にチェックメイトだ。 いや、 真剣な《宇宙人の真似事》って時点で もうそうだったかな。 ああごめんね、基山君。 私がもっと早くに、真実を知ろうとしていれば良かったんだ。そうしたら、私もあなたも傷つく事はなかった。まあでも、基山君も悪いよ。勝手にここまで来ちゃうんだもの。 それ以前に、過去の行いが、もう全部悪いけどね。 優しさを知る前なら、心から嫌えたのに。 なんて言ってももう仕方ないか。 だからこそ、って思う事にするよ。 きっと基山君はこう思っているだろうな。 出会わなければ良かった。 そして、気付きたくなかった。 俺達は初めから《同類》でも《対等》でもなくて、 絶対に分かり合えない《加害者》と《被害者》でしかなかったって。 私もだよ。 ×
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