実りある遠征を終えて、部員みんながやる気に満ちている。そんな日の練習終わり。
みんなが部室へと行く中で、体育館に残ったままの黒尾先輩。

「奈月ちゃんちょっと来てくれ」
「はい」
「こないだの件どうだった?」
「ああ、ここに」

ノートを取り出す。潔子さんに聞き出して、試合には出てこなかったベンチメンバーの特徴をメモしたものだ。

「サンキュ。それから・・・月島となんかあったのか?」
「えっ・・・えっと、別に何かあったわけでは」
「本当か?何か変なこと言われたりとかしてないか?」
「なんでもないですって!えっと、失礼します」

(先輩と付き合ってるのかと聞かれましたなんて、言えるわけない・・・!)
大きく頭を下げて、走って体育館を後にした。
残された黒尾は、わけが分からないといったふうに呆然としているのだった。



それからというもの、なんとなく気まずくてうまく先輩と話せなくなってしまった。
昼休みは相変わらず一緒だが、意識したわけでもないのにりっちゃんとばかりしゃべってしまう。

・・・それなのに、あの人たちは一体何を見ているのか。

「今日の放課後、屋上に来なさい」

言うだけ言って返事も待たずに去っていく女子たち。
また先輩絡みなんだろうか。
研磨くんが心配そうに見ている。

「なっちゃん・・・」
「今日ちょっと部活遅れるね。心配しなくて大丈夫だから」

それだけ言って、会話を終わらせた。


放課後すぐ、屋上へ向かう。
予想通りの3人がいた。しかし1人はすでに泣いている。
あんたが泣かせたと言わんばかりの表情で、残りの2人がこちらを睨みつけている。

「秋原奈月。なんなのあんた。バレー部のマネージャーなんかやって黒尾先輩に取り入って!この子はあんたが出てくるずっと前から黒尾先輩のことが好きなんだよ!」

はあ、と思わず返事したくなるような呆れた言い分。
何も言い返せずにいると、その無言すらも悪意に受け取られる。

「何か言いなさいよ!なんであんたみたいなブスが「奈月!」

一斉に屋上の入り口を振り返る。黒尾先輩が駆け上がってきたところだった。
そのまま近寄ってきた先輩は手を伸ばし、私の右手を掴む。

「先輩・・・」
「部活行くぞ」

それだけ短く言い放ち、引っ張って階段へと向かう。
後ろから掛けられた声に、先輩は足を止めた。

「黒尾先輩!・・・ほら、自分で言える?」

泣いていた子が涙を拭って、振り絞った声で叫んだ。

「私!黒尾先輩のことが大好きです!」

私の手を握ったままの先輩は、下を向いて黙ったままだ。

「だから、私と付き合っ「うちの大事なマネージャーにこんなことする奴のこと、俺が好きになると思うのか」

凍りつくような冷たい声。
一度も見たことのない冷たい視線で彼女を一瞥し、静まり返った空間から私を連れて屋上を出ていった。

手を握ったまま体育館へと歩く。
先輩の手の暖かさが伝わってくる。

「あ、あの私の鞄・・・」
「研磨が持って行った」
「あ、はい・・・」

既に誰もいない部室。私を引き入れて後ろ手にドアを閉める先輩。
こちらを向き直って、ばっちりと目が合う。

「前にもあったのか?」
「一度だけ・・・」
「これからは、すぐに俺に言え」
「えっ」

その先は続かなかった。大きな先輩に抱き締められたから。
暖かさと先輩の匂いが、心を落ち着ける。
ぱっと離されると、先輩はそのまま出て行ってしまった。
たった数秒の抱擁でも、私の頭を混乱させるには十分だった。
研磨くんが様子を見に来るまで、私はその場から動けないでいた。





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