「研磨ー、帰るぞ」

久々の部活がない放課後。研磨のクラスに顔を出せば、既に奈月の姿はなかった。
研磨に聞くと、いつも終わるとすぐ帰るのだと言う。
あれから数日。普通に会話もするし、相変わらず昼飯も一緒だが、マネージャーの話はお互いに避けているのだった。

帰り道を歩く。珍しく今日は研磨が歩きながらゲームをしていない。代わりにあちこちをきょろきょろしている。

「クロ、あそこ」

そう言って研磨が指差した先には、丁度スーパーへと一人で入って行く奈月の姿があった。

「行くぞ」



値札とにらめっこしながらカゴに野菜やお肉を入れていく。制服こそ着ているが、その姿はまるで主婦。
しばらく観察していたが、いい加減研磨がつつくので声をかけた。

「奈月ちゃん」

俺の声に振り返り、顔を上げて目を丸くしている彼女。

「あれ、先輩に研磨くん?どうしてここに?」
「なっちゃんが入って行くのが見えたから」
「何買うのかなーと思ったら、晩飯の買い物?」
「そうですよ、料理は私の役目なんで」

目撃されたのが恥ずかしいのか、うつむきめにカゴに目を落としている。

「あーマネージャーの件、忙しくて無理なら無理でいいんだからな?流石に無理強いはできねぇし」
「いえ、あの」

じっとカゴのほうを見ながら、何やら思案している。そして口から出てきた言葉に、俺たちは驚愕するのだった。

「今日、うちでご飯食べて行きませんか?」


彼女の案内でたどり着いたのは、駅からすぐ近いところにあるタワーマンションだ。
オートロックを操作し、エレベーターに乗る。
真ん中あたりの階のようだが、それなりに高級感のある建物だ。
(絶対高いだろこんなところ・・・)
二重の意味のその言葉は、胸の中だけに留めておいた。

「「お邪魔します」」

通された部屋は、かなりシンプルな部屋だった。生活感があまりないのは、置いてある物の数の少なさが故だろう。
障害物の少ない室内を、ルンバだけが無機質に動き回っていた。

「じゃあ、ささっと作っちゃうんでちょっと待っててください。ゲームとか好きに使っていいですよ」
「うーい、さすがゲーム好きとあってたくさんあるな」

二人でぷよぷよ対戦をしながら待つ。規則的な包丁の音が聞こえてくる。
数十分後、彼女の「出来ましたよー」の声でゲームを中断してテーブルについた。
美味しそうな料理がテーブルの上に並んでいる。

「これ全部奈月ちゃんが?」
「そうですよ、どうぞ食べてください」
「いただきます」
「・・・美味しい」
「本当に美味いな!」
「そうですか、それなら良かった」

どんどん箸が進む。それを嬉しそうに眺めながらゆっくり食べている彼女。
食事も終盤に差し掛かってきた頃、ぽつりぽつりと語り始めた。

「前にも言った気がするけど、うちは両親共働きの仕事人間なんです。家には寝に帰るだけ、みたいな・・・。家事は基本的に雇いの家政婦さんがやってて。でも私は親に喜んで欲しかったから、中学の頃から料理だけするようになったんです」

研磨はじっと奈月を見つめている。相変わらず視線はお皿に向かっているが、そのままゆっくり口を開く。

「だから、先輩や研磨くんに必要とされるなら、すっごく嬉しいです」
「じゃあ・・・」
「親に言ったら、好きにすればいいって言われちゃいました。だから、好きにしようと思います!」
「おう、その意気だ」
「よろしくね、なっちゃん」
「よろしくお願いします!」





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