彼と、同じ姿をした者が。 空っぽの器に記憶を詰め込まれた、彼の人形が。 あの頃の彼と同じ、優しい瞳を私に向けて、柔らかく微笑んで、倒れた。 目に焼き付いて、動けない。 その体からは眩いばかりの光が立ち上る。 それと同時に、彼の体は消え去っていった。 堪えきれずに一筋の涙が溢れたのを、柔らかな光に包まれながらもサンクレッドは見逃さなかった。 「記憶が戻ったのね?サンクレッド」 シュトラが優しく問う。まるで隣の彼女のほうに言い聞かせるように。 サンクレッドはしっかりと頷いた。 そして彼女のほうに向き直る。 「すまなかった、メリー」 「サンクレッド・・・」 俯いたまま静かに大粒の涙を落とす彼女に近寄り、そっとその体を抱き締めた。 「つまり、サンクレッドとメリーは恋人同士だったってこと?」 次の戦いへ向かいながら、ヴァニラが代表するように周囲の疑問を口に出した。 「そうよ!大事な恋人をほっぽって他人を口説き回してるなんて!挙句自分の彼女のことまで口説きにかかってるんだから!」 お怒りモードのアリゼーを、まぁまぁと宥めるアルフィノ。 「仕方ないだろう、メリーと知り合う前の記憶しかなかったんだから」 「そんなことは分かってるわよ。でも本当に、メリーのことを思ったら・・・!」 「ありがとうね、アリゼー。私の分まで怒ってくれたんだよね」 アリゼーの驚いた表情。潤んだ瞳を誤魔化すように、空に向かって吠える。 「ほんっとに、どこの大馬鹿神様が勝手に他人の記憶を奪うなんてことをしたのかしらね!」 「俺は、こんなに大切なことを忘れてしまっていたんだな・・・」 皆と少し離れて、二人でゆっくりと歩く。 少し低く感じられる声のトーンが、彼がもう取り繕う必要がなくなった心境を示している。 「神様が、安らかに過ごせるように辛い記憶を取り除いた、ってことなんだっけ」 「恐らくな。メリーのことを忘れて、何が安息の地だって話だ」 サンクレッドがちらりと横目で彼女を見る。もう落ち着いた様子で、こちらの視線に気付くと微笑みかけてくれる。 「・・・もっと冷たい視線が飛んでくるものだと思ってたが」 「まぁね?言いたいことはたくさんあったけどね?」 ぎくりとした彼を見て、苦笑いがこぼれる。 「でも、一番言いたかったのはそれじゃなくて」 伸ばした右手で軽く彼の左手に触れれば、優しく絡め取ってくれる。 「おかえり、サンクレッド」 「あぁ、ただいま、メリー」 二人の影が止まり、重なる。一瞬の後に、また前へ向かってしっかりと歩き始めた。 伸びてゆく影もまた、しっかりと手を繋いだまま。 End back * top |