「こうしていると、あの日のことを思い出すわ」
「あの日、というと?」
「ウルダハで、女王殺害の罪を着せられた日」

ゆらりと湯気の立ち昇る暖かいココアのマグカップを覗き込んだまま、彼女はそっと語り始めた。
『一度はウルダハで指名手配よ』と、肩をすくめながら自嘲した姿を思い出す。
滅多に己の話をしない彼女の貴重な過去に、静かに耳を傾けた。

「逃げるしかなかったわ。仲間をひとりふたりと置き去りにしたまま・・・皆が私だけはって・・・希望を私に託して・・・」

言葉にならない苦い思いを、ココアと一緒に押し流す。儚げな微笑みを見せる彼女の表情が、波打ちながら映っている。

「私とアルフィノとタタルさん。たった3人でドラゴンヘッドに逃れて、縋るような思いでオルシュファンを訪ねたの。自分を責めるアルフィノに、彼が出してくれたホットココアが、とても・・・とても沁みたわ」
「よくしてくださったのですね」
「本当に・・・彼にはどれだけの恩を受けたかわからないほどなのに。全く返すことも出来なくて・・・」
「彼は、今どこに?」

すっと彼女の表情から笑みが消えた。そっと瞳を閉じ、そして開いたその目に宿るのは怒りかはたまた絶望なのか。

「亡くなったの」
「そう・・・でしたか」
「私のことを庇ったの。それで、死んだわ」

感情のこもらない淡々とした声色が、逆に彼女の心を表現していた。

「それは、残念でしたね」

無機質な返答。それは彼女の気持ちを汲んだからでは決してなかった。
ジェイドは経験から、死人の記憶は美化されるものであると理解していた。
彼女にとって、彼は一生消えることのない後悔として心に棲まい続けることになるのだろう。

「どうかした?ジェイド」
「いいえ」

不思議そうに見つめる彼女の瞳に、今映っているのは自分ただ一人。
そんなことにも気付けずに。
心の奥底に現れたその感情を理解しようとしないまま、湯気を浴びながら熱いココアを飲み干す。甘いものは苦手だ。
優しく微笑む彼女が霞んで見えた。




2018.1.27 お題:深夜の夢小説60分1本勝負 様より



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