いつもの執務室。特に変わった様子はない。 しかし、嫌な胸騒ぎが収まらないままだった。 廊下を走る音。ノックも無しに扉が開く。 「ジェイド、いるか?!」 「騒々しいですね、どうしましたか」 主君の姿に安堵したものの、いつにない緊迫感に焦りを感じる。 珍しく息を切らしたピオニーが、壁にもたれながらこちらを見る。 「良かった、もう行ったかと思ったぜ」 「何事です」 厳密にはもう行って帰ってきたのだが、この際どうでもいい。 「謎の奇病で国民が次々倒れている。原因が分からない。治癒術の効果は薄いらしい。王立病院がパンク寸前だそうだ」 早まる鼓動が聞こえた。 「カーティス大佐!」 「状況は」 良くないばかりだった。 患者がどんどん増えて、病院内に収まりきらずにこのロビーにまで寝かされていた。 外傷はなく、症状は疲労感から動悸、息苦しさ、だんだん動くこともままならなくなり、最後には意識を失う。 治癒術は直後は効果があるが、またすぐに元に戻るらしい。 そして特定の原因が見つかっていない。何故なら・・・ 「死者が1人も出ていない?」 「はい。意識不明にはなりますが全員生きています。ですので解剖するわけにもいかず・・・原因がはっきりしません。治癒術が僅かながら効果があるようですが、第七譜術士が足りていません」 ジェイドは宮殿への道を急いでいた。 患者を直接診る医師も多くが発症しているが、病院の受付は発症していないことから接触感染が疑われた。 きっと陛下は宮殿内から出られずにいるのだろう。 「陛下」 珍しく机に座り、一人で書類仕事をこなしていた。 「どうだった」 「良くありませんね。患者が溢れています」 「既に宮殿のホールを開放するよう通達した。おかげで俺はここから出られないがな」 せっせと手を動かしながら、真剣な声色で答える。 「原因は特定できないか」 「血液検査の結果で、正体不明の音素が発見されています。恐らくこれが悪さをしてるのだろうと考えられていますが、詳しくは分かっていないようです」 「正体不明の音素、か。なぁジェイド」 「はい。解析してみましたが、エーテルと似通った部分が確認できました」 「まさか」 「私が知らず知らずに持ち込んだ可能性があります」 陛下の顔がこちらを向く。驚きと戸惑いの混じった表情。 「申し訳ありません」 「ジェイド・・・」 「しかし、光明でもあります。もしエーテルが作用したなら、向こうの治癒術士なら効率的な治療ができる可能性があります」 「・・・連れてくるのか」 「はい。許可をいただきたい」 ゆっくりと目を瞑り、ひとつ深呼吸をしてみせた。 開いた瞳が私をしっかりと捉える。 「分かった。頼んだぞ、ジェイド」 「御意」 back * top |