ぱっとしない天気だった。
重たい雲が空を覆っている。
今にも降り出しそうだがなんとか持ち堪えている、そんな感じだった。

荷物は全て彼女のあの軽そうな小さな鞄に詰まっているので、とても身軽な旅となった。
昨日と同じようにグリダニアの街へ向かい、そこから門を通って都市の外へと出る。
あちらこちらに弱そうな魔物の姿が見えるが、襲ってはこないらしい。
小川に架けられた小さな橋を渡ろうとしたその時。
急に大粒の雨が降ってきた。

「・・・嫌なタイミングね」
「こればかりは仕方ありませんよ」
「またチョコボでいいかしら」
「えぇ」

再び指笛に呼ばれて来た赤い大きなチョコボに二人で乗る。
大きく揺れながらも、なかなかのスピードで走り抜けて、小さな集落に辿り着いた。
湖の上に橋を架けて成り立っている小さな村。

「ちょっとここにいてくれるかしら」

そう言って、そこそこ大きな建物の前で降ろされる。
軒先で雨宿りをして彼女を見れば、何やら女性と話をしているようだ。
二言三言交わした彼女が走ってこちらに来る。

「この雨はすぐに止むそうよ。だから少しここで雨宿りしましょう」
「天気予報ですか」
「そう、予報士さんに聞いてきたの。よく当たるのよ」


早速旅路が中断されてしまったが、初めて見る場所を見て回るのも悪くはない。
雨宿りに利用しているこの場所は、どうやら宿屋のようだ。
それなりに人が出入りしている。
だが格好を見るに、それは冒険者ではないらしい。
入ってきた一人の男が、メリーを見て顔色を変えて近寄ってきた。

「あんた、もしかして例の神狩りの英雄か?」

彼女が振り向く。正面から彼女を見た男は疑念を確信に変えたようだ。

「やっぱりそうだよな、前に見たことあるんだ。なぁ頼む、ちょっと力を貸してくれよ」

困惑した表情の彼女をよそに、次々と男は語りだす。
最近イクサル族の見回りが強化されて、フォールゴウト(この集落の名前らしい)のすぐ近くまで来るそうだ。それのおかげで出発が出来ずに困っている、と。
なにやらこの男は商人で、移動が出来なきゃ食うのに困ると必死に訴えているのだが。

「・・・鬼哭隊が付近の安全を守っているんではないの?」
「まぁそうなんだが、奴さんたちほんとに出入り口付近の敵しか倒してくれなくてよ、ベントブランチ牧場まで行くのに危ないったらありゃしねぇ」
「護衛の傭兵を雇えばいいのではありませんか?」
「なんだおめぇ」
「私は彼女に依頼を受けて頂いている者です。失礼ですが先約があるのですよ」
「先約ってったって・・・ベントブランチまでちょっとついてきてくれりゃいいだけなんだよ、あんたならささっと出来るんだろ?」
「冒険者の護衛が欲しいの?クエストとして出せばいいじゃない、斡旋しましょうか?」
「そんな金がねぇからあんたに頼んでるんじゃないか!」
「報酬もなしに彼女についてこい、と?随分自分勝手な事を言う」
「あんたは黙ってろ!英雄ならそんなこと朝飯前だろ?それともまさか、本当は英雄なんかじゃなくてイクサルの奴らにビビってんのか?そうなんだろ!」
「・・・」

呆れ顔の彼女と目が合う。
沈黙を肯定と勝手に解釈した男が一人で盛り上がっている。

「メリー、行きましょう。ここで無駄に時間を浪費する必要はありません」
「そうね」
「お前!逃げるのか」
「言ったでしょう、私は彼の依頼を受けている最中なの。貴方に構っている暇はないわ」
「このアマ・・・!」

背を向けて外へ出るべく歩き出した彼女に向かって、男が懐からいきなりナイフを取り出し振りかぶった。

「メリー!」

咄嗟に飛び込み彼女を庇う。
右腕が切り裂かれる感覚。構わずそのまま男を取り押える。血のついたナイフが床に落ちて音を立てた。振り返って焦ったメリーが私を呼んだ。

「ジェイド!」

すぐに冷静さを取り戻した彼女が兵を呼ぶ。

「衛兵!早くこっちに!」

傷口は思ったより深いらしい。ポタポタと血が滴る。
やってきた兵士に男を任せて彼女はすぐさま着替えて、魔法を唱えた。
繊細な装飾が入った丈の長い黒いローブに大きな三角帽子、手には何故だか天球儀。
たかだか2、3秒の詠唱のあと、天球儀を掲げると柔らかい光が体を包み、傷が見事に塞がってしまった。

「痛みはない?他に怪我は?」
「いえ、もうすっかり治ったようです」
「そう、良かった・・・ごめんなさい、私が油断したばかりに」
「貴女が謝ることはありませんよ、怪我をせず取り押さえることが出来なかった私のミスです。しかし、貴女に怪我がなくてよかった」

俯いたままの彼女の手が、傷があったところを撫でる。

「ちゃんと魔法が効いてよかった・・・ありがとう」

震える声で言う彼女の頭をそっと撫ぜた。



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