「それにしてもそのペースならすぐ読めるようになりそうね。申し訳ないのだけどここには読むための本というのは置いてないから・・・明日にでも街に行ってみる?」 「問題がないのでしたら是非そうしたいですね」 「じゃあそうしましょう。今日は遅いから・・・ご飯にしましょう」 そう言うが否や、またあの音と共に衣装が変わる。 今度は赤と白のコックコートだ。 「貴女が作るんですか?」 「そうよ。ベテラン冒険者は一人でなんでもするの」 「なんでも、ですか。そういえばあの時もいつの間にか斧から剣に持ち替えていましたね」 「そうね、雑魚をたくさん狩るなら斧で一掃するけれど、長時間一対一なら剣と盾のほうが向いてると思ったから。必要なら貴方をかばうことも念頭に置いていたわ、思った以上に強かったから必要なかったけれど。そうそう、あの術はどういう術なの?随分詠唱が長いようだけど威力は凄かったわね」 いつの間にか材料を取り出して、どこからか出てきた調理台の上で作業をしながら喋る彼女。 聞きたかった話をする間もなくこちらの話題に切り替わってしまっている。これはまた手強そうだ。 「譜術というんですよ。音素を周囲から取り込んで術を唱えます」 「エーテルのようなものかしら?フォニムというのはよくわからないけれど」 「確かに、世界が違えば物質の構成も違って当然かも知れませんね、こちらには音素はないかも知れません」 「だとしたら何故さっきは術が使えたの?」 「私の体内に残る音素を用いた可能性がありますね」 「なら、その譜術はしばらく使用禁止ね」 「おや、何故でしょう」 「体内の音素というのが枯渇してしまったらまずいことになったりしないの?」 「えぇ、その通りです。意外と頭も回るようですね」 「意外とだなんて失礼ね」 「これは失敬」 言葉とは裏腹に、楽しそうな表情のまま調理を続けている。 食材が焼ける音がまた食欲をそそる。 「さぁ、いただきましょう。材料の手持ちが少なくてこれくらいしか出来なかったけれど」 いつの間にか机に置かれたグラタン皿がふたつ。オーブンで焼いたような綺麗な焦げ目がついていて、とても美味しそうだ。 またあの音がして彼女を見れば、今度はゆったりとした白のチュニックに黒のレギンスを履いている。これが普段着なのだろうか。 「アウフラウフというのよ。ではいただきます」 「いただきます」 back * top |