宛もなく走ってきた。
付近の人たちの視線を集めながら、マーケットを駆け抜ける。
そのままエーテライトプラザの螺旋階段も駆けあがり、ひとつ深呼吸をすればもう酒場の和気あいあいとした声は聞こえない。
耳に届くのは少し肌寒い風が建物の隙間を通り抜ける音だけ。

目の前にはクリスタルタワーがそびえ立つ。
無意識に近寄り手すりに体重を預けて、美しい水晶を眺めながらふと考える。

そうだ、彼はまだ望むのならそういうことも・・・。


「こんな所にいたのか」

振り返らなくとも声でわかる、愛しい人。
すぐに追い付かれてしまったことに、少しの悔しさと同時に嬉しさがこみあげる。
そして募る罪悪感。耐えきれなくて、彼の方は向かないままにぽつりとこぼした。

「もし子どもが欲しかったら、誰か素敵な女性と結婚して・・・っていうのも、いいと思うよ」


「・・・おい」

低くなった声。盛大なため息ひとつ。あ、これはどうやら怒ってる。


「なぁ、お前は俺のことが好きなんだろう?」

びくびくと次の言葉を待っていた英雄は呆気にとられた。

「えっ、あ、それは・・・はい」
「だったら、そこらの適当な女と子どもをつくれなんて心にもないこと言うなよ」
「それは・・・そう、なんだけ、ど・・・」

ゆっくりと隣に立たれる。顔を見る勇気はない。

「私、私じゃ子ども、出来ないと思うから・・・故意じゃないけど、騙してたようなものなのかもしれないって・・・」
「そうなのか?」
「確証はないけど、だって、超える力の持ち主の子どもって聞いたことある?」
「・・・ないな」
「でしょう?私には子どもは産めない、そんな気がする」
「そうか」
「それに、この感じだと私には子育てする暇なんてなさそうだし」

苦笑する彼女の横を、冷たい風が通り抜ける。

「確かに、子どもと一緒に穏やかに暮らす、それもまたひとつの幸せの形なんだろうさ」
「うん、だったら」
「だとしても、だ。子の母親がお前じゃないなら意味ないだろ?」
「そうかな」
「お前は、そんなに俺の気持ちを信じてくれないのか?」
「それは・・・」

またひとつ、ため息が聞こえる。
恐る恐る彼の顔を窺えば、困ったように微笑んでいて、予想外の優しい表情で。

「自分のこととなると二の次三の次になる英雄にお仕置きが必要だな」
「えっ、うわっ」

膝を掬われ、横抱きに抱えられる。

「なに、どうしたの?」
「俺はお前から離れるつもりはないからな」

耳元で囁く甘く低い声。思わず逃げ出そうとした動きが止まる。

「まったく、自分の気持ちにも俺の気持ちにも鈍感なんだな?」
「・・・サンクレッドには、言われたくない」
「俺はもう吹っ切れたからな。リーンのことも、メリーのことも絶対に手放したくないくらい大事だ」
「サンクレッド・・・」
「というわけだ、心配してる皆のところへ戻るぞ」
「えっ、ならおろしてよ」
「お仕置きだって言ったろう?」
「待って無理さすがに恥ずかしい」
「はは、残念だったな、もう遅いぞ」
「えっ」

抱えられたまま階段に向かって一歩を踏み出すと、そこには。

「い、いつから・・・」

階段に隠れるように、暁の面々が勢揃いしていたのだった。

「や、やあメリー。仲直りできたようで良かったね」
「アルフィノは黙ってなさい」

アリゼーにぴしゃりと言われて小さくなるアルフィノ。リーンが顔を覗かせる。

「メリー、あの、ごめんなさい。私の不用意な発言で」
「ううん、リーンは悪くないよ。っていうかもとはと言えばシュトラが・・・!」
「あら、なかなか言い出せないあなたの悩みをひとつ解決してあげたのよ」
「そ、そうだけどー!」
「ほら、言った通りでしょう。あの二人ですから心配は無用です」
「はい!あの、私はこうやって皆さんと一緒にいられるのでもう十分幸せです」

ウリエンジェの発言に大きく頷いたリーンに、アリゼーがぼそりと声をかける。

「・・・私とアルフィノがあなたの兄弟みたいなものってことで、いいじゃない」
「それはいい考えだね。そういえば君も昔、妹か弟が欲しいと言っていたじゃないか」
「なっ、そ、そんな昔のことはどうでもいいのよ!リーン、遠慮せずに私たちのことを頼りなさいよね」
「は、はいっ!」

リーンの瞳がきらりと光る。腕でさっと拭う彼女を、メリーもまた涙を滲ませながら見ていた。
一同がリーンに視線を注いでいる隙に、サンクレッドは己の腕の中に収まっている愛しい恋人にそっと口付ける。

「サ、サンクレッド」
「続きはまた後でな」

瞳を潤ませたまま小声で抗議した彼女にそっと耳打ちすれば、真っ赤に染まった顔を隠すように、首筋に額を強く押し付けるのだった。
「俺たちは先に帰るぜ、皆によろしくな」と仲間に言い残し、上機嫌に恋人を抱えて自室に向かう、そんなサンクレッドを優しく見送る仲間たち。
彼女たちがもたらした優しい闇と共に、お祝いの夜は更けていくのであった。



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