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 口先を尖らせた蓮池は視線の先、南雲の後に続く厚石を眺めて打ちそうになった舌打ちを引っ込めた。エイリア学園として使われていた施設の一部は警察の取り調べを終えて返され、その後様々売りに出されたりしたが、子供達が集まってサッカーをする場所などは残されていた。今では所属チーム関係なく、宿舎に泊まったり、サッカーをしに来る者も多くいる。見渡すグラウンドでは砂木沼を始めとして色々なチームの者がそれぞれの練習を行っている。その様子を見渡せる、宿舎の縁側で見つめていた蓮池は、同じように隣に座ってグラウンドを眺めている仁藤に「不機嫌ね」と心情を言い当てられ、ばつを悪くしていた。

「何か不満?久々に、晴矢様とご一緒できるのに」
 あなた大好きでしょう、晴矢様のこと、と続けられ、蓮池は更に眉間の皺を濃くした。

「大好きだからよ」
 エイリアのチームが解散した今でも、各チームの選手は、自分のチームのキャプテンを尊崇し、また同時に所属チームへの仲間意識を強く持っていた。南雲からは、様付けで呼ぶのは止めろ、と言われているが、呼び捨てなど慣れずに結局、様を付けて呼んでしまっている。その南雲は、涼野と共に韓国代表に参戦してしばらくここに顔を出さなかった。ゆえに久々に顔を合わせるのは、特に慕う気持ちが強い蓮池にとって待ちに待った事なのである。それなのに。
「どうしてアイツも一緒のタイミングで帰ってくるのよ!」
 練習に参加し始めた南雲について回っている厚石へと、その鋭い眼光を向けた蓮池に、仁藤は優雅に肩を竦めていた。元々南雲と行動を共にすることの多かった厚石は、つい先日までネオジャパンとして瞳子の元で研鑽を積んでいた。蓮池にとってお邪魔虫である厚石がいないチャンスに、南雲と心おきなく接することができるタイミングを得たと嬉々としていたにも拘わらず、結局厚石は南雲と一緒に帰ってきた。その日以降、それまで以上に南雲にベッタリな厚石は、蓮池が南雲を見かける度にその隣無いし後ろにはりついて離れない。

「アイツ、晴矢様離れしたんじゃないの!?」
「貴女も晴矢様離れしたほうがいいわ」
「無理よ!」
「彼にもできないんじゃないかしら?」
 南雲の姿を見つけた熱波が駆け足でグラウンドへかけていく。結局元プロミネンスメンバーには南雲離れなんて出来る者は現時点いないのである。
 溶けた氷が音を立てている。汗をかいたコップを持ち上げた仁藤は、もう片方の手で膝に載せていたファッション雑誌を閉じた。

「彼は晴矢様の幼なじみ、今まで離れられなかったんだから、少しの日にち離れてたくらいでは効果はないわ」
「だからってベタベタしすぎよ!」
「そうね」
 仁藤は色気のある目元を細め、その眼鏡をくいと押し上げた。足を組み替えながら思い起こすと、確かに食事の時も彼らは隣同士にいたし、会話が無くても離れることがなかった。

「腹立つ!」
「でも杏、あの二人の仲を引き裂くのは難しいわよ?」
「ぐ……」
 確かに南雲と厚石は陽と陰、太陽と月、動と静、のように、相反する分対立をしないのでとても相性が良い。長年の付き合いもあって南雲は厚石の隣を気に入っているようだし、蓮池がどう文句を言おうが、厚石には暖簾に腕押しのような気がした。

「それに、案外離さないのは晴矢様の方かも知れないわ」
 仁藤は熱波や蓮池のように盲目なまでの心酔をしている訳ではなく、一歩引いた位置から状況を把握する能力に長けている。彼女は南雲の視線の先、態度の変化、そういったものを追いながら、漠然とその答えに辿り着いていた。しかしどうやら蓮池は不満だったようで、頬を膨らませ始めた。

「そんなに気にくわないのなら、貴女も参加してくればいいじゃない」
「……うん」
 自分用のお茶と間違えて、仁藤の分のお茶を飲み干した蓮池は、濡れた口許を拭ってグラウンドへ走り出した。空になったコップを横目に、溜息を漏らした仁藤は色付いた唇を弧にしていた。

「一歩引いたところから見たら、もっと色んな表情が見えるのに。……勿体ないわね」
 南雲のする、厚石が側にいないときの不服そうな表情や、子供じみた嫉妬の表情、そういったものは心酔中の者の目には映らないものである。

「お互い満更じゃないんだから、引き裂くのはやっぱり難しいわよ」
 膝の上に乗せた腕を柱にして、手の平に顎を乗せた仁藤は元チームメンバーたちを眺めながら、心地好い風をその身に受けていた。


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