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 自覚はしている。過保護すぎたのだ。余りにも疎い相手の世話を、自分は焼きすぎてしまった。
 帝国学園の中でも、特に仲間意識の強い辺見は、その情の深さのままに、入学早々厄介ごとに巻き込まれる佐久間のフォローを自ら買って出てしまった。どうにも世俗のことに疎く、自分の容姿を理解していない佐久間は辺見の庇護欲を煽ったのだ。
 とはいっても、砂糖菓子のような甘い関係では全くない。中身男前、外見女性的、の狭間で引き裂かれそうになっている彼は結局、むさ苦しい男衆の中では際立った存在である。今現在そんな彼が同性に言い寄られるという不快を退けられているのは偏に、レギュラーという一定地位を得て周囲に幅を利かせている辺見の、密かな画策あってのことなのだが、彼自身はそんなことに微塵も気付いていない。

 入学当初、周囲のほとんどを敵視するようになってしまった佐久間の、その警戒心を解くのには苦労させられた。その分様々なことに慎重になってしまった辺見は結果、佐久間を保護し、甘やかす現状に落ち着いてしまったわけである。

 佐久間はもう、男というものを恐れない。自分の同属であるソレに嫌悪を向けることはない。それでもまた、当初と同じように、同性からのアプローチを受けでもしたら、佐久間はより頑丈な自分の殻に閉じこもってしまうだろう。だからといってこのままでもいけないと辺見は感じている。いつまでも自分が彼の身辺警護をしている訳にはいかないだろう。まして、佐久間は日本代表として一時帝国学園、引いては辺見の側を離れることになるのだから。今回ばかりは源田の手の及ばない海外で、佐久間の危険を思うと辺見はキリキリと胃が痛んだ。これが過保護と言われる所以なのだが、いかんせん、現在辺見に懐いている佐久間は、何か不快なことでもあったならば、即座に辺見に猛烈な八つ当たりをする。佐久間を護ると言うことはつまり、自衛にも繋がると言うことなのである。しかし感覚として確立されてる、佐久間の警戒心の薄さをどう高めていくかという問題には頭を抱えるしかない。

 今現在渦中の人佐久間は、辺見のベッドの上に寝転がりながら雑誌を通読している。Tシャツにスパッツ姿のはしたない格好なのに、なまじ顔が良いだけに余計危うく見えてしまう。

「佐久間、お前その格好どうにかしろよ」
「別にいいだろ?男同士なんだし」
「お前それ、イナズマジャパンでやるなよ」
「流石に、顔見知り程度の奴の前ではしない」
 疑わしい限りである。佐久間は人見知りを激しくして、懐にあまり人を入れない分、認めた相手にはとことん有りの侭で接し始める。尊崇する鬼道は兎も角、人の良い雷門メンバーなどにはすぐに絆されそうだ。

 寝返りを打った佐久間が見せる、所作の一つ一つが絵になりすぎていただけない。脱ぎ捨てられたズボンを相手へ放り投げた辺見は、顔に掛かったそれをはぎ取って文句を言い始める佐久間を見下ろしていた。

「着てろ」
「ごわごわするから嫌だ」
「お前なぁ……」
「何だよ、お前、意識でもしてんのか?」
 言葉を失った辺見は佐久間の視線に体が冷えていくのを感じてた。彼自身、なぜすぐに否定できなかったのか、この居心地の悪さは何なのか、全く理解することができなかった。佐久間から出るとは思っていなかった言葉。それはつまり、佐久間は辺見がそういった目で見るはずがないと確信していると、辺見自身が思っていたからである。佐久間にとって辺見は保護者を脱することはない。

(だって、そうだろう、佐久間)
 一度黙りを決め込んだ辺見には引き返すことができなかった。沈黙とはつまり肯定の意味を持つ。たっぷりと時間をかけて、自分の中を整理していった辺見は、相手が放り投げてきた枕を避けることができなかった。顔面にクリーンヒットした枕がボスンと地面に落ちる音を聞きながら、辺見は瞠目していた。

「お前、バカじゃねえの!?」
 予期していた怒りとはまた違う種類の怒気を含みながら、佐久間は目元を赤らめている。頭を金槌で打たれたような衝撃を得た辺見は我に返るまでまたしばらくかかってしまった。

「俺、お前の眼中にないのかと思ってた。っていうかいいのかよ、殴ったり蹴ったりしなくて」
 矜持を踏みつけられたような顔をした佐久間は、手にしていた厚めの雑誌を思い切り投げてきた。さすがに避けた辺見は自分の口許が上がっていくのが分かった。胸のつかえがとれた彼は今、自分の庇護欲の正体も、過保護の意味も、きちんと理解ができたのである。そしてまた、それは非常に良い方向へと向かっている。

「頑張れよ佐久間、俺は側に居てやれないんだから」
「ガキ扱いするなよ!」
「ガキって言うか、好きな人扱い」
 そうしてまた、佐久間の顔に浮かぶ、動揺と甘酸っぱい表情が、辺見の杞憂を溶かしていった。


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