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 当然のことながら、彼と亜風炉とが生きる世界はほんの少しだけ異なっていた。それを四角い箱の中に再確認させられた平良は、亜風炉の活躍に一喜一憂する仲間たちの中で一人、切れ長の瞳を更に細めていた。痛むと言うよりは疼く。楽しそうにサッカーをし、今のメンバーと言葉を変わすあの人物は、認めたくはないが平良の恋人なのである。遠くに行くのなら君をがむしゃらに欲しなかった。そんな八つ当たりに近い思いを抱きながら、平良は小さく溜息を漏らした。

 亜風炉が韓国の宿舎から帰ってきてから数日がたった。仲間たちの無邪気な質問攻めにも相変わらず優雅に答えた彼に、平良は近付くことが出来なかった。「ただいま」という言葉に、ぶっきらぼうに「おかえり」と返しただけで、それ以降ギクシャクとした関係が続いている。一方的に平良が距離を取っているのだから仕様がない。以前にも増して、仲間たちに笑いかけ、話をする亜風炉に冷静でいられない自分がいた。亜風炉を独占したいという思いと反比例するように、嫉妬を募らせるこの心が相手から距離を取る。まるで、構って欲しいがゆえに悪ふざけをする子供のような気分だった。惨めなままでいることに、嫌気が差してくるのは時間の問題だった。
 いつものように談話室で話をしているメンバーの姿を見た平良は、その中心に亜風炉がいる、その事実にとうとう我慢の限界を感じてしまった。亜風炉を取り巻く面々に、少なからずの敵対心と憎悪が生まれていた。苦楽を共にしてきた仲間に抱くべき感情ではないと平良自身自覚はしていた。しかし自分の感情を上手くコントロールできるほど平良は大人ではいられなかった。亜風炉の腕を掴み、彼は無理矢理相手をその場から連れ出した。名前を呼び、どうしたのかと問う亜風炉に苛立ちがます。自分はこんなにも亜風炉への感情を募らせているのに、肝心の相手はどこ吹く風なのである。
 人通りのほとんどない廊下へ連れだし、壁側へ乱暴に相手を押し付けると、逃げ場を奪うように両手をつきだした。熟れた果実のようにみずみずしい双眼が、平良をジッと見つめている。

「気にくわない」
「何が」
「お前の周り、全てが気にくわない」
「嫉妬を、しているのかい?」
 亜風炉の手が伸ばされる。頬にその感触がした平良は、相手のその腕を引いて唇を奪った。色付いた唇に、更に艶やかな色彩が乗る。

「お前と話す奴全てが気にくわない。お前が笑いかける相手が許せない。お前が俺の知らないところで生きているのが気にくわない。お前が好きなものが俺は憎い」
 見ないで欲しいと平良は願った。綺麗な亜風炉に、今の醜い自分を見られたくないと思った。しかし真剣な眼差しは平良を撃ち抜くように向けられ続けている。どうあっても、平良に心の安息はないのだ。

「だから最近冷たかったのか……」
「……っ……」
「ヘラ……」
 拘束されていない方の手を伸ばした亜風炉は、白い指先を平良の頬へ沿わせた。なぞるような動きに息を呑んだ平良は、手の力を緩める。もう片方の手を差し出した亜風炉は両手で相手の頬を撫でた。亜風炉は美しい。きっと世界中のだれよりも、神に愛されているのだろうと思考し、平良はその相手にまで嫉妬を抱いてしまう。地に堕とされて当然の、おこがましい嫉妬だと、自覚している。

「僕の好きなものが憎いのなら、この世で一番君が憎むべきものは、君自身だよ」
 整った、というよりもそうあるべきと因縁付けられたような美しい顔が近付く。再び交わした口付けは甘ったるい香りを残した。

「さらいたいのならいつでもいいよ」
 意地の悪すぎる言葉を投げかけた亜風炉に、平良は瞳を揺らした。結局の所、亜風炉の幸せを願う平良には犯せぬ領域があるのである。それを亜風炉は分かっていてなお、そんな夢物語を口にする。適わないと奥歯を噛み締めながらも、平良は亜風炉を依存的に愛することを、それはもう宿命のように、止められない。


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