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 かみさまというのは、いるのだろうか。

 そんな、彼らしくない言葉を聞いて浮かんだのはまず、憤りの方だった。いくら口が達者だろうが、刻一刻と変わりゆく心を説明することなんて叶わない。俺は彼ではないし、彼を知り尽くしているはずのあの男でもない。己の感情のパターンに乗せて今の彼の気持ちを推し量ろうとしながら、手持ち無沙汰に星を数えた。都心では見られない流れ星に揺らぐほど、自分の感情に余裕などなかった。
 ほんらい、腰掛ける用途ではないのであろう手すりに尻が痛む。無人のブランコを取り囲むように誂えてあるそれから離れ、相手が寄りかかっている鉄棒に手をかけた。足をかけて鉄棒の上に座ると、心許ない街灯が照らす公園がよく見渡せた。他の国のエリアが持つ、アスレチックからすると、ジャパンエリアの公園はどこか寂しげである。
 先ほどから押し黙ってしまっている彼は、よもや俺があの独り言のような呟きへの回答を真剣に考えているとでも思っているのか。
俺は困り果てる。今の彼は自分の手には有り余った。

「あのひとは、どういうつもりで、――」

 世の中の事柄は白黒よりも実際、灰色のことが断然多い。おおよその事実は、数多くの小さな事から成り立っている。その連なった細事の白黒をつけていき、白が多いか黒が多いかでやむなくそれ自体の白黒をつけているからに過ぎないからである。そしてむろん、いくら細事の白黒をつけようと、その事柄にはっきりと白か黒かの提示ができないこともよくある話だ。俺に答えはない。今彼が抱えているものすべてが、グレーだからである。

「俺にはわからないんだ」

 足をかけたまま、体重を後ろへかけて半円を画くように頭から落ち、宙吊りになる。世界が逆さまだ。膝小僧の裏で鉄棒を引っかけ、ぶら下がっている。冷えた頭に、どんどん血が下がっていった。

「俺にだってわからない」

 どす黒い赤が見える。反対の世界の彼は、笑ってしまうほど頼りない。

「ただ唯一、言えることがある」

 鉄棒に手を伸ばし、掴む。足を一気に離し地面につけると、両手も離してドサリ、尻から背中、地面に落ちる。

「湧いてきた悲しみを、俺の前で抑え込む必要はない。そんな世間体、いまさら意味がない」

 頭上にはあいかわらず、満天の星空。視界の端に彼がうつる。ゴーグルをしていない彼の瞳も、どす黒い赤だった。

「泣きたいのなら泣け、あまのじゃく」

 意地悪をするりとかわした彼は、仰向けになったままの俺に覆い被さって、憎いほど静かだった。胸元に埋められた彼の顔は、しばらくまた、窺うことができない。


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