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平良はよく勉強をする。それは自分よりも成績の良いものが気に入らないからである。
平良は練習を人一倍頑張る。それは誰よりもサッカーが上手くなりたいからである。
とどのつまり彼は、自分よりも優れている人間があまり好きではないのだ。自分よりも脚光を浴びて持て囃されるなど許せないのだろう。その姿を見てきた僕にはだから、現状が全く解せない。恋人である僕が韓国代表としてイナズマジャパンと戦ったことに含め、しばらくの間韓国代表と寝食を共にし、滅多に連絡もとらなかったのにも拘わらず、世宇子の寮に帰ってきて以降も以前も、態度はほとんど変わらないのである。
平良の僕に対する接し方は、おおよそ彼の性格からは考えられないほど穏やかだ。前記した嫉妬もしないし、我が侭を言っても怒りで返してくることはない。ただ時折、呆れられることはあるのだが、ある意味これも特別扱いなのかと思うと少しだけ嬉しい思いもある。しかしながら、恋人として僕の周りに嫉妬してほしいと思うのは自然な流れなのである。
先程から机に向かって問題を延々解いている平良は、僕に一瞥もくれていない。意味が分からない。久々に二人きりになったというのに、僕ではなく勉強の方に意識が向くなんて。到底許せる話ではない。ふだんから猜疑心の薄い僕がこんなにも彼を夢中にさせている、教科書だとか参考書だとかが憎いことも、結局平良に操られているような気がして機嫌はどんどん悪くなっていく。
「ヘラァ……」
「……」
「ねえってば」
「……昼食か?」
「違うよもう!」
手を止めることなく、ましてやこちらを向くこともなく彼は端的な言葉を発した。ちなみに今は十四時を回ったところである。僕が来たのは昼食後だ。低いテーブルに突っ伏していた僕は重い腰を上げ、わざわざ勉強机に向かっている平良に近付いていく。後ろから覗き込めば細かい字がずらりと並んでいて眩暈がしてきた。
「僕の話、聞いている?」
「…………」
とうとう我慢の限界に来た僕は彼のシャーペンを奪い取ると、それを後方へ放り投げた。平良が呆気にとられている内に教科書も、ノートも、参考書も次々放り投げる。九十度、椅子ごとくるりと回った平良が散らばったものを取りに立ち上がる前に、僕がその膝へ向かい合うように座る。そうして僕の様子を窺おうと顔を上げた平良の唇を奪う。僕の行動に慣れきっているはずの彼が、ここに来て驚きを見せている。少しだけ気が晴れた気がした。
「いい度胸だと、つくづく思うよ」
「怒っているのか?」
「決まってるだろ」
「…………」
沈黙していた平良が、切れ長の瞳を見開き僕を凝視している。
「なぜ」
「なぜ?なぜって……」
「お前に嫉妬なんて感情あると思わなかった」
ズバリと、失礼な言いぐさで当てられた僕は急に自分の脳内が冷静になるのを感じた。そうだ、僕は平良を独り占めできないことに嫉妬して怒りを爆発させたのである。そう思うと何だか自分が情けないやら恥ずかしいやらで、僅か顔に熱が集まっていくのを感じた。
「君は嫉妬してなんてくれないけどね!」
「拗ねてるのか?」
先程と同じようなトーンで言い放つ平良に、さすがに平手打ちを喰らわせたくなった。自分だけ涼しい顔をして、余裕の雰囲気。彼に効果的なダメージを与えようと言葉をぐるぐる考えるが、決定的なものは思い浮かばない。
「そんな顔をされても……。まあ俺にだって妬くときはあるよ」
「嘘!」
「不思議なことに、」
平良の手が腰に回って、不安定だった僕を支えた。少しだけ易しげな雰囲気を漂わせながら、彼は言葉を続けた。
「嫉妬よりもお前への愛の方が勝っているらしい」
普段ならぜったに言わないようなキザったらしい台詞を言い放たれて、僕は自分がどんな顔をしているのか想像もできなかった。
「愛があるなら、僕を放って置いて勉強なんてしないはずだよ」
「一緒の部屋にいてくれたら、それでいいっていうのじゃ、不満か?」
「不満に決まってるだろう!」
「面白く無さそうな顔をしているアフロディが、可愛かったから」
意趣返しを軽くあしらわれ、立つ瀬がなくなった。僕の顔をみてくつくつと笑った平良は、「まさか勉強に嫉妬までしてくれるとは思わなかったよ」と言い放ち、己の敗北を確信した。今日は軍配が上がらなかった。大人しく彼に愛されるとしよう。