14



 宿舎は冬を前に賑わいを見せていた。身よりのない子供たちが再度入ったそこは、多くの元エイリア学園生徒の拠り所である。今年の冬は寒さが厳しい。本来ならば、秋深し、として紅葉を楽しむ時期であるのに、地方では既に降雪があったらしい。食事当番である朝、その冷え込みに震えながら厚石は目を覚ました。基本的に贅沢はしないので、布団を重ねて厚着をし、この寒さを乗り切るしかない。暖房の入っていない部屋は冷え切っている。同じ当番で同室の南雲を起こす作業に入る前に、彼は新たに薄手の上着を羽織った。着込みすぎることに少し、抵抗があるのだ。宿舎にはまだ、薄着で走り回っている男子が大勢いる。涼野が水を得たように腕まくりをしたまま、楽しそうにしているのを思い出しただけで身が凍えた。

 寝息をたてている南雲の肩を揺らすべく伸ばした手が目に入り、厚石は動きを止めた。真っ白い手の先が更に白くなり、更には爪が紫色に染まっている。幼少期に、外にあまり出られなかった彼は他の者より肌が白かった。男らしく浅黒い肌や、育った筋力や、がっしりした肩などに憧れる世代である厚石は、一種のコンプレックスを感じている。更には未だに寒さへの耐性が低いのである。冷え切った自分の手を見つめ、苦笑した厚石は己をいなして南雲を揺すった。

「晴矢、起きて」
 うるさく起こされると不機嫌になることも、目覚めが意外によく、起こし方を間違えなければすんなり起きてくれることも知っている厚石は優しく肩を叩いた。不意に思いだして、冷え切った手を相手の頬に当てた。

「晴矢」
「………冷たい」
 身じろいだ南雲が薄く目を開いた。こうなったら大丈夫だろうと手を離す。のそりと上半身を起こし、彼は大きなあくびを一つした。惜しむでもなく布団を抜け出す相手の目覚めの良さを、いつも羨ましく思う。

「今日の献立は…」
 用意をすませている厚石は、壁に貼られている献立表を眺めてメニューを読み上げた。
「茂人」
 呼ばれ、振り返った厚石が、飛んできたものを反射的に受け取った。それは温かそうなカーディガンである。

「着とけよ、寒いだろ?」
 勝手に厚石のタンスを漁って出したらしい。変わらないな、と思いながらそれに袖を通す。
「またお前手先紫になってんだろ」
 言われ、どきりとする。隠す暇もなく手首をつかまれ、スライドした南雲の手が、冷え切った厚石のそれと重なる。その暖かさが、鮮明に幼い頃を思い出させた。
熱が引き、なんとか外に遊びに出られた時、厚着をしていても手先や足先は冷え切ってしまった。そんなときに南雲が怒りながらも手を握ってくれたのだ。相変わらず、燃えているように熱い。

「晴矢は温かいな」
「お前は冷たすぎるから、ちょうどいいんだよ」
 その言葉すら温かい。厚石は相手の手を握り返すと、頷いて笑って見せた。南雲がいるなら、真冬の寒さのような早朝でも、温かく、幸せなのだ。紫色だった爪が、先の方から緩やかに色を変えていくのを、厚石は眺めていた。


戻る
Top