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 どこまで続くのか分からない階段を上り続ける。所々ひび割れやら凹凸ができてい、足場が悪いので酷く疲労した。
都心から少し出ると、豊かな自然が広がっているのは知っていたが、ここまで深々としたものがあることには驚いた。少し乱れた吐息が聞こえ来る。FWとしての特訓を課せられ、長らく持久力や足腰を鍛えてきた自分でも少しだけきついのだから、GKであり、鍛える部分の違う源田には辛いのではないかと佐久間は思った。

「こんな所で走り込みをしていたのか……」
「凄いだろ……?俺は、みんなよりも往復回数が少なかったがな」
 ここで、源田は自分が知らない時間を過ごしたのだと漠然と思った。佐久間も佐久間で源田たちのいない帝国や河川敷などで練習を重ねてきたのだ。がむしゃらだったあの頃のことを思い出して佐久間はぼんやりと不思議な気分になった。
 ネオジャパンとして招集された源田が成神や寺門と共に帝国学園を離れ、この辺りの宿舎に泊まっていたことを、佐久間は先程知ることとなった。日本代表が世界への切符を手にし、佐久間がその代表の一員として同行することが知らされた次の日、源田と出掛けることになった。その際、どこへ行くか迷っていた源田に、佐久間が都心以外がいいと告げ、結果、この地へ赴くことになったのだ。

「佐久間はこういうところに、あまり来たことがないだろう?」
 源田の言葉通り、寺や神社、林などにわざわざ来ることのない佐久間は、果てしなく続く石段の先を物珍しそうに眺めていた。
「なぜこんな長い階段を作ってまで高いところに作るんだ?」
「山にあるからいいんだろ?それに、お参りするまでに苦労をすればその分、御利益がありそうじゃないか」
「その神聖な階段を筋トレのために使ってたのか」
 苦笑した源田はそれ以上言及することなく、その石段を登り始めた。いくつかの踊り場を過ぎて、左右の木々の影が長くなってきた頃、ようやく神社を取り囲む外壁が見えてきた。体の中から燃えるような温かさを感じながら、佐久間は一つ飛ばしに階段を上がっていった。源田を追い越し、一足先に登り切る。優越感のまま源田を見下ろしたときに、今まで登ってきた石段が下方に延々と続いている様が目に入って息をついた。落ちていきそうな感覚がする。その内源田が登り切り、「さすが佐久間だな」と呟いた。先だって歩いていく源田は、境内に入るでもなく、折れた別の場所へと向かっていった。てっきりお参りをするものだと思っていた佐久間は呆気に取られながらもそれに続く。
ぐるりと外壁を辿って外周していると、その内拓けた場所が見えてきた。その一角には急傾斜があり、落ちないように腰の高さまでの柵が張り巡らされている。源田の背中ばかり見ていた佐久間は、相手が指し示した方向を見つめて瞠目した。山々がうねり、次第に沈み行く夕日を隠そうとしているのが眼前に広がっていた。薄くかかる雲が夕日の赤を反射しており、空の色の変化に、また違った趣を醸していた。目が回りそうなほどの急傾斜と、その先に広がった景色。中学で帝国学園に入学して以降、休みは全てサッカー関連に費やしていたので遠出をする機会がほとんどなかった。でかけても都内が主であり、こうして自然を目の当たりにするのは佐久間が覚えている限り、初めてのことだった。そのうえ、帝国は自然からは隔離したような施設である。
口を薄く開けて下方を見つめる佐久間に微笑みを浮かべた源田は少し後方へさがり、しゃがみ込んだ。

「佐久間、」
「何だ?」
「乗って」
「え?」
「たぶん、持ち上げられる。もっと高い位置で見られるぞ?」
 あろう事か、源田は佐久間を肩車しようというのだ。いつもの佐久間ならば断固拒否しているところだが、今ここには二人しかおらず、体格は違うといえども同じ年代の、平均くらいはある自分を、彼が持ち上げられるとは思わず、佐久間は相手の肩に足をかけた。しかし佐久間の思惑を裏切るように、源田はゆっくり立ち上がることに成功してしまった。情けない声を上げて驚く佐久間に、「鍛えたからな」と答える源田は、柵から充分に距離をとったそこから相手に景色を見せた。先程とは全く違う見え方をする景色に顔を上気させながら、その反面持ち上げられてしまった事実に羞恥まで浮かんだ。

「流石に重いな」
「当たり前だろ!」
「じっくり見ろよ、あと一分くらいなら保つ」
 一分も保つのかよ、と思いながら、嫌がらせをするように上半身を少し前方へ向けた佐久間は、現実からブッツリと切り離されてしまっている現状に浮いている心を感じた。この景色も、あの階段も、源田に肩車をされている事実も、日常からは遠く離れている事柄である。これはきっと、深く印象に残り、世界大会へ向かってもふと思い出したりするのだろう、という感慨が浮かんで、気恥ずかしい思いがした。佐久間はそれが、とんでもなく幸せなことだと感じたからである。


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